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犠牲と貢献 愛国者学園物語 第244話

「あ、あんた、なんてことを言うんだ」

吉沢がどもった。

強矢(すねや)はなにか言おうとしたが、美鈴の刺すような目つきのせいで、口が動かなかった。

美鈴は、今の言葉が人気アニメ「攻殻機動隊」の主人公である草薙素子(くさなぎ・もとこ)のセリフであることを説明して、付け加えた。


強矢が戦争に強い関心を持っていることは有名だ。そして、戦わなければ、自分たち日本人至上主義者が反日勢力に殺される、と繰り返し発言していることも。彼女は聴衆に反日勢力と戦えとは言うが、自分がその先頭に立つとは言わない、それはなぜか。美鈴はそれを指摘して、強矢さんのようなリーダーこそ先頭に立つべきだ。そして、戦死して国家の英雄になるべきだと言った。もちろん、それはきつい皮肉であったが。

強矢はそう言われても、なにも言わなかった。吉沢から「待て」のサインが出ていたからだ。


強矢は勇ましい主張を散々繰り返していたが、自分自身が戦場で戦うことなんか、ほとんど想像したこともなかった。それどころか、自分たちのような選ばれたエリート学園生は人を使うことが仕事であり、戦場に出る必要はない。そう言われていたのだ。だから、一般人たちを鼓舞(こぶ)する演説力を磨いたのであり、それが自分の役目だと心の底から思っていた。演説で反日勢力の恐怖をあおり、他人を戦争に追いやりながら、自分は見物を決め込む。それが強矢であった。

自分は死ぬことはないのだ。


だから、美鈴に

「死になさい」

と言われて、強矢は心の底から美鈴を憎んだ。口が動かなかったのは、怒りのせいかもしれなかった。


美鈴の批判は続いた。

愛国者学園は子供たちに反日勢力との戦いを叫ばせる。それに、広島や長崎、沖縄を訪問していない。愛知県の学校の子なのに、いつも上京してはイベントをやっているヒマがあるのに、だ。

「あなたたちは、言葉をもて遊んでいるだけで、戦争の実情を知らないんじゃないですか?」


吉沢が代弁した。「

過去の戦争を知ってもあまり意味はない。

今は21世紀であり、今を生きる私たちは21世紀の戦争を知るべきだ。愛国者学園が、防衛関連の企業や自衛隊をよく訪問するのは、そういう理由だからだけど、それは美鈴さんも知ってるだろ?」


美鈴は反論した。愛国者学園がイベント開催のためによく利用している日本武道館のそばに「昭和館」や「しょうけい館」がある。強矢は行ったことがあるか。

すねているので、美鈴は彼女のそういう態度を強く批判した。

「そんなところは知りません。行く必要がありません」

「どうして? あなたはさっき、戦争中の日本人を絶賛していた。それならば、当時の日本人についての展示をしている、しょうけい館などを訪問すべきです。あの展示も、当時の日本人が体験したことなんだから。そういうこと、わからないかしら」



美鈴は「しょうけい館」について話すことにした。

最初に、強矢たち愛国者学園の子供たちが、日本武道館で盛大なイベントをやったあと、神田の古本屋街までパレードし、反転して、靖国神社まで行進し、同神社を参拝する「首都大行進」について話した。

あんなに大げさなパレードをやるんだったら、時間を割いて「しょうけい館」にも行けばいいのに、とクギを刺したが、

強矢のふくれっつらは変わらなかった。

美鈴は話した。

 しょうけい館、別名・戦傷病者史料館は2006年にオープンした博物館兼教育施設であり、地下鉄九段下駅のそばのビルにあること。入場は無料。それで、その博物館は、旧日本軍の将兵のうち、病気を得た戦病者と負傷した戦傷者の様子とその後の人生について展示・紹介している。

太平洋戦争では、日本は約310万人の犠牲者を出した。そのうち、軍人の犠牲の半分以上が、飢餓と戦傷病で死んだことがわかっている。なぜなら、旧日本軍は兵たん・ロジスティクスを軽視したため、食事や医薬品を欠くような兵士が無数にいたからだ。

しょうけい館には、洞窟にある野戦病院のジオラマがあるが、そこは不衛生で、充分な医薬品がなく、麻酔なしで手術を受ける兵士を、衛生兵が二人がかりで押さえつけている様子が再現されている。また、敵の攻撃で手足を失った者、失明した者の治療の様子や義足、車椅子などもある。彼ら負傷者はその後の人生でも苦労を重ねたが、その様子も展示されている。


このようなことを話すと、美鈴は一息ついた。そして言った。

「強矢さんは戦争に熱狂しているようだけど、『しょうけい館』に展示されているような、

実際の兵士の苦労については興味がないみたいですね。

戦争では、ああいう負傷者がいて、戦争が終わっても苦労をしているの。そういう現実を知らずに、反日勢力と戦うと称して、日本人至上主義者たちを煽り(あおり)立てる強矢さんを見ていると、私は怒りを覚えずにいられません」


続く
これは小説です。
次回245話 強矢たちの態度を批判した美鈴。彼女は「しょうけい館」について話をします。果たしてそれはどんな組織なのか。次回もお楽しみに!

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