愛国心と靖国神社 愛国者学園物語 第237話
美鈴たちの論争はやがて、靖国神社を話題にするようになった
。強矢(すねや)たちは、靖国神社こそが日本の愛国心の総本山であり、全ての日本人は靖国神社を参拝し、祖国のためにその命を捧げた人々へ哀悼の誠(あいとうのまこと)を捧げるべきであると主張してやまなかった。そういう考えの持ち主であるから、総理大臣をはじめとする政治家の靖国参拝は当然であるし、それは信教の自由として、憲法に保障された権利であり、国民として当然だとした。そして、強矢は美鈴たちが厳しい顔をしてその話を聞いているのを、彼女らが自分に萎縮(いしゅく)していると思い込み、その心は膨れ上がった。だから、天皇陛下をはじめとする皇族方の参拝について語ろうとした時、その内容の重大さに恐れをなした吉沢に制止されて、思わず、吉沢をにらんだのであった。
吉沢が天皇の靖国参拝は当然だと語り終えると、美鈴がパンチを繰り出した。
「強矢さん、あなたね、
靖国神社が軍国主義の総本山
だということ、わかっているの?」
強矢は見下すようなアゴの高さを変えなかった。
美鈴は説明した。それが世界各地で、この討論会を見ている視聴者のためになると考えていたからだ。
民主主義国家である日本には言論の自由も信教の自由もあり、それは憲法で保障されている基本的人権だ。だから、あなた方が言うように、いかなる人間も、他人に靖国神社の参拝を強要することは出来ないし、強要を考えないはず。それなのに、あなた方はそれを平然と主張し、国民に靖国神社を押し付けているではないか。それはおかしい、と。
だが、そこに吉沢が入り込んだ。
「靖国神社を押し付けるとは何事だ。それで誇りある日本国民と言えるのか!」
吉沢はそう言って一度攻撃を止めるつもりだったが、強矢が口出しした。
「
靖国神社を参拝しない国民は反日勢力です
」
これは美鈴たちの怒りに油を注ぐだけでなく、吉沢の心配事を増やした。
それは、そんなに簡単に相手を反日勢力だと言うべきでない、ということだ。もしそれを言えば、相手の怒りをもたらすだけだ、と思っていたからだ。それは長年人前で演説をしてきた吉沢らしい配慮であったが、強矢にはそういうものはなかった。
「じゃあ、強矢さんは国民に踏み絵を踏ませるの? 靖国神社を参拝しない人は悪い国民なんだね?」
と、美鈴のサポートに徹している根津がダイレクトに聞いた。
「当然じゃないですか。どうして、根津さんたちは、偉大な大日本帝国のために命を捧げた愛国者たちを追悼しないんですか? そんな人がいるなんて、私には信じられません」
と怒りを含んだ答えを投げつけた。
根津はそんな怒りなど目に入れず、
「じゃあ、靖国神社に参拝しない国民は反日勢力であり、愛国心がないから殺されちゃうの?」
と真面目な顔で聞いた。
吉沢の怒りに火がついた。
「誰も、そんなこと言ってないだろ!」
どなったが、強矢が怪訝な(けげん)な顔をして、自分を見たのに気がついた。
吉沢は右手の人差し指でほほをかいて、(発言するな)の命令を強矢に送ったが、それが強矢には嫌でたまらなかった。
強矢のその反応を見た吉沢の心は震えた。そして、それを隠したまま話題を戻そうとして、愛国心とは政府を信じる心である。政府を信じない者は反日勢力だ、という自説を口にした。
だが、根津はそれに即座に反論した。それは「
権威主義的パーソナリティ
ー」という人格であり、政府のような権威に容易に服従し、全体主義国家を作りかねない危険な人格だ。それに反して、私は政府を過大に信じない。政府を無条件で信じるということは、政権与党を無条件で信じることであり、信用出来ない態度だ。それゆえ、私は「民主主義的パーソナリティー」だ。それは、自分の自由と他者への寛容から成り立つ民主主義を信じる人格だ、と説明した。
ここで、吉沢と根津がにらみ合ったので、美鈴は話題を愛国心に戻すことを提案し、両者は合意した。
美鈴は、愛国心には一つの形しかないのか、と問題提起した。強矢たちが言うように、愛国心イコール靖国神社への参拝、つまり、靖国神社とそれに祀られている(まつられている)人々を信じるか否かという、一つの問いしかないのか、それを聞きたがった。だが、強矢たちの答えは以前と同じで、靖国を信じることのみが愛国心であると繰り返し主張したので、美鈴は思わず、
「愛国心とは一つではありません。日本には1億2千万の国民がいるのだから、愛国心も1億2千万通りあるはずです」
と言い、根津はそれを聞いて拍手し、強矢たちは怒った。
強矢は直ちに反撃した。
「愛国心は一つですよ、沢山なんかありません。靖国神社はただ一つですし、祖国のために亡くなった愛国者の方々たちを追悼するという気持ちも一つです。そんなこと当たり前じゃないですか。それをとやかく言う人間は反日勢力ですよ。日本から滅ぼされても、文句は言えませんよ」
吉沢は左手の親指を隠すように握った手を使い、密かに、強矢にブレーキをかけたつもりだった。
だが、強矢はそれを無視して、なおも話そうとしたので、吉沢は怒った。
「強矢さん、それくらいにしときなさい」
精一杯の自制で怒りを包み隠したつもりだったが、それは逆に強矢を怒らせる結果になった。
続く
これは小説です。
次回第238話。画一的な強矢たちに向かって、美鈴は「多事総論」の話をします。福沢諭吉のその考えは強矢たちの考えを打ち破るものでした。でも、強矢たちの反応はいかに?
次回も愛国者学園物語をお楽しみに!
大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。