デジタルタトゥーの恐怖 永遠に残る傷 - 後編
「忘れられる権利」とメディアリテラシーの向上
前編では、デジタルタトゥーによる個人への被害についてまとめたが、後編は、社会へ与える影響と忘れられる権利、デジタルタトゥーによる被害を少なくするためにできることを考える。
デジタルタトゥーが社会へ及ぼす最大の懸念点は、二つある。
まず一つが、プライバシーの喪失と個人情報の管理である。個人を特定する情報の公開と重なるが、社会全体では、まさに今、問題となっているマイナンバーカード制度。IT化などDX推進がされ、巨大なデータをやり取りする時代だ。AI技術のおかげで人件費が削減できるかと思いきや、データ自体が価値を持つことで、高額で売買されると予測されている。早急にデジタルタトゥーについて、真剣に対策を取らなければ、個人情報のみならず、企業の機密情報までもが、SNSで世界に向けて公開されてしまうだろう。
もう一つは、差別的な固定観念や、有害な偏見を永続化させてしまう可能性があることだ。既に起きていることだが、例えば、誰かがTwitterに人種差別的なコメントを投稿した場合、その人が後に投稿を後悔して削除したとしても、別の誰かによって写真保存や再投稿されるなどして強調され、他者の意見や信念として形を変える。投稿が数年前のものでも、何かをきっかけに何度も何度も多くの人の目に触れ、既にある偏見やステレオタイプを強めてしまう。
ネガティブな情報は注目され、急速に広まることが多いため、デジタルタトゥーはその悪循環までも永続させる可能性がある。これにより、個人の性格や行動が歪められ、攻撃的になるなどして、本人の評判や人間関係に悪影響を与えることも考えられる。
たった一人の行動でさえ、社会に影響を与えてしまうのがデジタルタトゥーの恐ろしさ。個人だけでなく、メディアの真偽不明な情報が、誇張されて発信されることは最悪である。
個人を保護する忘れられる権利
さて、他国でもデジタルタトゥーの恐怖は同様にある。EU(欧州連合)においては、一般データ保護規則(GDPR)が採用され、「忘れられる権利(The Right to Be Forgotten)」が法的に認められている。
一般データ保護規則では、個人情報の保護やプライバシーに関連して、「削除権」が定められている。インターネット上で公開された個人に関連する情報やデータが、その人の同意なしに永久にアクセス可能な状態にある場合に、その情報の削除を要求できる権利だ。
主に個人のプライバシー権や、データの保護に焦点を当てた法的な枠組みで提起されるが、特に、過去の誤った情報や過去の出来事が、個人の評判や人生に悪影響を与える可能性がある場合、個人は自身のデータや情報が一定の条件下で削除されることを要求することができる。
ただし、忘れられる権利はプライバシー権とのバランスが必要であり、オンラインコンテンツの広範囲な削除につながるため、公益や表現の自由など他の権利との関係も考慮される。そのため、具体的なケースによっては、削除要求の受け入れが難しい場合もある。
「忘れられる権利」自体は欧州の裁判で認められた権利であるため、EU諸国以外の国では、同様の権利の認識は限定的であるが、個人情報の取り扱いはさまざまな法律や規制によって進展を見せている。
まず、日本には個人情報保護法がある。項目ごとに細かいガイドラインがあるが、忘れられる権利ほど具体的で明確でない。
次に、米国においては、州法により、インターネット上の犯罪履歴や破産履歴、中傷的な内容の情報の削除が認められている。例えば、カリフォルニア州では、デジタル世界での未成年者(18歳未満)のプライバシー保護を強化し、狭義ながらも「忘れられる権利」を採用している。これによって未成年者は、SNSなどにおける投稿の削除を要求し、削除が可能となり、将来の自由が保障されている。
オーストラリアには、現在、プライバシー法があるが、2023年1月に司法長官が、時代の目的に適合するプライバシー法への変革や、独自の忘れられる権利の検討が第一であることを述べている。
アジアにおいては、インドで2023年にデジタル個人データ保護法案が審議にかけられた。厳しい罰則を提案していることや、政府との権限のバランスなどが懸念材料として通過しなかったが、大きな前進と見られている。
タイでは個人データ保護法があり、日本と同様、事業者を対象としている。人種や犯罪歴、政治的意見・宗教的信念を明確にする特定のデータ項目は機密かつ特別な個人情報だとしている。
このように、「忘れられる権利」を明確に認めていたり、導入に積極的な国もあるが、データの取り扱いやプライバシーに関する法的枠組みは国によって異なる。
権利の主張は一方的であってはならない。「忘れられる権利」には、「知る権利」や「表現の自由」「報道の自由」が対立する。
EU連合国スイスでは、悪徳政治家や人身売買業者などの犯罪者のデジタルタトゥーを消す“デジタルヒットマン”が存在する。インターネット上の情報を扱う市場をリードする会社で、削除依頼を合法的に要求できる。600以上のフェイクニュースサイトで顧客のニュースを流し続け、実際のニュースが削除されてもされなくても、検索から埋もれさせてしまうこともできる。
このようなビジネスが数十社規模で成り立つ背景に、忘れられる権利自体の強さがある。日本にも「削除代行業者」「誹謗中傷対策業者」 は存在するが、逆に、個人情報と高額な手数料を取られ、犯罪に巻き込まれる恐れがある。
デジタルタトゥー被害をなくすために
総務省のホームページにある、「上手にネットと付き合おう 安心・安全なインターネット利用ガイド」を読んだことがある人はどのくらいいるだろうか。
インターネット上を安全に歩き渡るために、2つの能力が必要だ。情報を理解し、取捨選択するメディアリテラシーと、最低限の技術の効果的な利用や、情報検索するスキルのデジタルリテラシーである。では、教育機関、IT企業、政府、そして、我々個人で、いったい何ができるだろう。
教育機関
学校のカリキュラムや特別授業にメディアリテラシー教育を組み込み、生徒に批判的思考、事実確認などのスキルを教える。情報を検証、情報源を評価し、メディアの偏見を特定するなど、実践的な教育は可能である。
IT企業
デジタルリテラシーを中心に技術的な知識向上への協力が必須である。デジタルタトゥー、プライバシー設定、オンラインの安全性について、ユーザーの意識強化のために、独自のプラットフォーム以外にも、教育機関へのリソース提供が望ましい。
政府・自治体
インターネット上のプライバシーの権利を保護し、誤った情報の対処など、法域を考慮した規則を制定するべきだ。個人情報保護法については、最大の問題点がある。個人情報保護法はあくまでも事業主対象であり、個人を対象としない。EUの一般データ保護規則では、EU諸国の国民全員が対象であり、たとえ個人でも、他者の個人情報をむやみに公開すると法に触れる。個人情報保護法にも個人が加害する可能性を含めれば、情報を扱う際の意識も大きく変わるだろう。
現在、マイナンバーへの取り組みでは、先述した2つのリテラシーがないまま暴走しているのが明白だ。国民への教育まで関心が及ばないのは当然だが、せめて、学校や地域社会における教育の取り組みをサポートするための予算を割り当て、IT企業、非営利団体、教育機関と協力して、包括的なリテラシープログラムの開発・実施を願う。
個人
個人での意識改革も大事だ。メディアリテラシーや、デジタルタトゥー、インターネット上の責任について自ら学び、実践することが不可欠。例えば、SNSで共有する前に、情報の事実を確認する。ニュースやその他の情報の正確性を確認するために、信頼できる情報源とツールを使用する習慣を身に付ける。
そして、デジタルタトゥーの制御が必要である。SNSのプライバシー設定を定期的に更新し、デジタルタトゥーへの潜在的な影響について考える。他者へ敬意を持って議論し、ポジティブな流れを促し、暴言や虚偽のコンテンツを発見したら、該当のプラットフォームへ報告する。そうすることで、プラットフォーム自体の健全性が保たれる。
結論
デジタルタトゥーは、個人のプライバシーと評判に対する重大な脅威であり、インターネット上の個人情報の保護を強化する必要性を浮き彫りにしている。忘れられる権利の制定や個人情報保護法の改定が不可欠だ。同時に、個人が情報の保護を主張し続け、デジタルタトゥーの危険性について意識を高めることが重要である。個人やIT企業、政府や自治体での包括的な取り組みによって、正確で豊富な情報と、他者への責任感と思いやりがあるデジタル文化への貢献ができるのではないだろうか。
こちらの記事は、記事内の参照リンク以外に、下記のリンク元を参考にしております。
Google ヘルプ 忘れられる権利の概要
General Data Protection Regulation, Right to be Forgotten
European Commission “Do we always have to delete personal data if a person asks?”
Privacy Rights for California Minors in the Digital World
Australia to consider European-style right to be forgotten privacy laws
Times Now India's Foray into Data Protection: Unpacking the Digital Personal Data Protection Bill 2023
Baker McKenzie Global Data Privacy & Security Handbook
SWI swissinfo.chスイスメディア、汚職のデジタルタトゥー削除の標的に
RTS Eliminalia, "un tueur à gages numérique" pour effacer ses traces en ligne
個人情報保護委員会 個人情報保護法等について
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