ティム・オブライエン「世界のすべての七月」の読書感想文〜村上春樹の稼業にハマってます〜
ティム・オブライエン著、村上春樹訳「世界のすべての七月」を読みました。
2000年に集まった1969年度卒業生たちのひと晩の物語。
彼らの70年代にはベトナム戦争があり、その後が順不同で描かれます。元々は短編小説だったものをひとつにまとめているのでひとつずつの章が濃厚です。
その中でもディビッド・トッド少尉の1969年七月十六日は強烈です。人類が初めて月に到達しする直前、トッド少尉はベトナムの密林で壮絶な体験をして、その後も長い付き合いになるジョニーに出会う、ジョニーは彼とは正に一蓮托生で常に彼を気遣いながらも、厄介で愛嬌のある人物です。フィアンセのマーラについて適切なアドバイスをして、常に彼の側に寄り添っている。そんな存在です。
宣教師になったボーレット・ハズロ。神に誓いを立てながらも俗世とは縁が切れない、なかなか魅力的な人物。そんな彼女が生まれたままの自分を曝け出して、受け容れるところが好きです。
可愛くはないけど白雪姫になったジャン・ヒューブナーのスリリングな人生。常に危険と隣り合わせ中で小人に出逢い、人生を切り開いていく、そこに魅力を感じます。
同窓会を欠席したカレン・バーンズとハーモン・オスタバーグにもしっかりと章が割かれていて、存在しない彼らの心臓の音は可聴域以下の低音の様に彼らの同窓生たちの集まりに響いているようです。それは現在と過去を行き来する物語を最後まで飽きずに読み通す要因になります。
並行して進められる物語はひとつに収斂される訳ではなく、それでも同じ敷地内や建物内、又は数十年や数千kmの距離をかなりクローズドにして物語は展開されます。「ディック」、「宣教師のポジション」、「プロッター」、「アシッド」、危険な言葉のリスクを磨滅させる手法も心得ている。その魅力を簡潔に説明することは困難です。それでもこの作品に惹かれます。
1969年度卒業生の山あり谷ありの人生を寓話的に飽きずに読める様に仕上げた村上春樹の翻訳は改めて面白かったです。不倫を隠すためにエリー・アボットが夫に送った留守電メッセージは丁寧語でした。原文では日本語のような謙譲語や丁寧語は文法上はないでしょう。原文を日本語の読み物として仕立て直しているのでしょう。村上春樹のオリジナルは読んだことはありません。それでもカポーティ、レイモンド・カーバー、ジョン・チーバー、そして、今回のティム・オブライエン。村上春樹の表稼業と裏稼業に分別する考え方は嫌いです。村上春樹の稼業にかなりハマっています。
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