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不要不急なバッハ、寄り添ってくれるバッハ
静まりかえったホールに《バッハの無伴奏チェロ組曲》が響き渡っていた。
演奏が終わり、チェロ奏者が少しの間を置いてから、満員の客席の方に顔を向けると拍手と「ブラボー」の歓声、日本では初のヴィンヤード(ぶどう畑)形式の二階席では国民ならば誰でも知っているあの方も防弾ガラスなしで舞台に向かって穏やかな拍手をしている。
ヒロミは前半と後半の間の休憩時間にロビーでコーヒーを飲みながら周りを見渡してみるとジャケットや外出用のフォーマルな洋服を着た人達が多い中で《☠️ドクロと薔薇🌹》のバックプリントがあるヒロミのパーカーは周りから少し浮いていた。しかし、「ここに集まっている人達は同じ音楽家が好きな人達だから、独特の心地よさがある。」とヒロミはいつも思う。
笑顔と気楽な会話で満たされて、独りの世界に集中できる誰にも干渉されないそんな空間だった。ヒロミは自分と同じ趣味や嗜好を持つ人達を見るのがとても好きである。
あの頃は沢山のコンサートが開催されていた。今ではコロナの影響でライブハウスでイベントもできない。
ヒロミのバンド《パンプキン・ジョー》も感染対策をしっかりしてライブを計画したことはあった。
しかし、「感染対策とイベント開催の二兎を追えば手薄な部分からクラスターが発生する可能性が高く。応援してくれているサポーターを危険に晒す可能性がある。」とのドラマー・龍弥の意見で中止になった。
ヒロミは龍弥に「5月中旬に来日する会長を殴り返されていいから、最低6発は殴りたい。」と言ったことがあった。
その時も龍弥は冷静に「会長が来日しても成果は乏しいし、世論を逆撫でして炎上する可能性があるので来日は中止されるだろうから、問題は全くない。バンドのプロモーションと制作活動のいいネタになるから、体を鍛えておいてくれよ。身を焦がすフラストレーションはインスピレーションの源になるから。」と背中を押されたのか?たしなめられたのか?理解不能な会話をしたことがあった。
龍弥はネットを中心に独自の情報網を築いてしっかりとした根拠を元に結論を出すバンドの頭脳だった。勘と思いつきで決定するヒロミは龍弥の意見と対立することが多かったが龍弥はいつもヒロミの意見を取り入れてビミョーな妥協案でヒロミの不満をガス抜きするのでヒロミは龍弥のことを「蹴っても殴っても自在に形を変化させる液体のような奴だ。」と思っていた
ヒロミは今後のことは全く予想してないし、考えてもいないが龍弥の予想が外れて会長が来日したときに龍弥が困った顔を見るのを楽しみにして、会長に痛恨の一発をお見舞いするために昨日も、今日も、明日もサンドバッグを叩くのだった。