音楽のチカラ
あれは数年前のこと、残業を途中で切り上げて、電車の吊り革に掴まっていた、吊り下げられてた、しがみついてた、そんな時に周囲を見渡してみれば、いつも通りに座席で寝ているか、疲れて潰れていている乗客だらけだった。
その中に活きの良い女の子二人組がいた。缶チューハイで乾杯をして、電車の揺れに合わせて体を左右に揺さぶる、立派に出来上がっできることはすぐに分かった。
「ぷは〜、ライブのあとの酒は美味いね」
「セットリスト、ヤバかったよ」
扉の横の手すりを左手でもって体を支えながら、チューハイを持った右手は振り子のように左右に振っていた。真っ直ぐに立つことすらできない。キレイに仕上がっていた。
Tシャツの背中にはバッチリと「LINKIN PARK」とプリントされていたのでアリーナでライブを演ったことは簡単に思い浮かぶ。確か翠色の髪の女の子だったと思う、俺に向かってチューハイの缶を振ってきた。
「お仕事、お疲れ様チャース」
「楽しくって、よかったね」と右手を振って答えた。左手の五本指は鉤形にして、あの翠色の髪をマリモ型にして、宍道湖辺りに沈める方法を考えていた。俺にそんな道具もテクニックも度胸も無いけどね。残業で疲れている時にそんな楽しそうな二人組みを見るのは辛かった。酒臭い息がこちらにまでに届きそうで、窓の外をみたら、疎らな街灯の向こう側に無人のテニスコート。侘しさしかない。
先週、そのリンキン・パーク再始動とツアー・スケジュール発表のニュースを見てから、ネットで新体制のライブを観た。確かにこの音はヤバい! 電車の中で乾杯したくなる。余計なお世話だけど、二人組みが電車の中で酔い潰れても許してやりたくなった。これも音楽のチカラだろう。
あの時の二人組が今回の再始動をどう思っているのかは知らない。それでも推しを全力で応援している背中は美しい。
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