パンデミック下で作品を捉えなおす(3):ヴェラ・モルナール《イコン》

隠れたイコン礼拝

園田 葉月

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 パンデミック下の世界では、ディスプレイという媒介を通して人間同士が出会う。そこに映る人間はあたかも肉体を持った物体として確かに存在するように見えるが、実際ディスプレイ上の人間は信号でしかない。というのも画面上の人間像を分解すれば、画素と呼ばれる小さな四角形に解体されるからだ。

 ヴェラ・モルナール(Vera Molnár)の《イコン》(1964)はオレンジ色の正方形と金色の長方形で構成される。イコンと名付けられているものの、イエスもマリアもそこにはいない。彼女は、キリスト教が優勢なハンガリー出身の画家であり、人間と神との媒介となり、両者を出会わせるイコンの概念と共に育った。イコンにはイエスやマリアの図像が描かれ、正教会の信徒たちはそれを介して神との対話を図るのである。しかしモルナールは、あえて具象的形態を用いない表現を探求した。彼女の《イコン》は具象を省いたイコンなのである。画素とそれを映し出すディスプレイという複数の四角形を媒介したコミュニケーション。それは、キャンバスとその上にある二つの四角形という複数の四角形を介した、《イコン》にみられる神への問いかけと同じ構造を持つのではないだろうか。

 そもそもモルナールは、コンピューター・アートの先駆者として名が知られる。彼女は《イコン》を描いた4年後にコンピューターを用いた制作を開始したため、《イコン》は実質的なコンピューターによる制作を始める前の作品である。しかし彼女は、1959年にコンピューターの形式的な手順や規則体系を真似することで、自分では思いもよらない幾何学的形態を創作することを試み始めていた。つまり彼女はコンピューターを手に入れる前に、既に自らが実際のコンピューターを扱っていることを想像しながら、自分の手によって架空の体系プログラムを発明し幾何学的絵画を描いていたのである。彼女はそのような技術を「machine imaginaire(想像上のマシーン)」と呼ぶ。《イコン》が制作された1960年代はその手法を用いた創作が行われていた時期である。だとすれば《イコン》における二つの四角形は、コンピューターのアルゴリズムに影響を受けた幾何学的造形を人間の手によって描いている点で、機械的な側面を強く持つ。

 従って《イコン》は、複数の四角形を介して行われるコミュニケーションの構造とその四角形の機械性において、ディスプレイ越しのコミュニケーションとオーバーラップする。すなわちどちらも機械的な四角形を介したコミュニケーションなのである。その為、人間同士のコミュニケーションにおけるディスプレイの機能は人間と神のコミュニケーションにおける《イコン》のそれと同じなのである。

 ディスプレイ越しのコミュニケーションで行われるのは、宗教的崇拝なのだ。我々はパンデミック下の日常のなかで、知らないうちにイコン礼拝的な行為を繰り返しているのである。

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対象作:ヴェラ・モルナール《イコン》

園田葉月:同志社大学文学部美学芸術学科3年。専門は15世紀イタリア絵画だが、現代アートにも関心を持つ。現在は京都文化博物館主催のプロジェクト「目を凝らそ」に編集アシスタントとして参加中。

*本レビューは浄土複合ライティング・スクールの課題として執筆されました。https://note.com/jdfkg_school/n/n8cbcc1a89cc1


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