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草木と生きた日本人

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執筆者:玉川可奈子/和歌(やまとうた)を嗜む歌人(うたびと)・作家 (画像:大宇陀 又兵衛桜)/月一連載
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#草木

草木と生きた日本人 杜松

一、序  玉に貫き 消(け)たずたばらむ 秋萩の うれわわらはに 置ける白露 (『万葉集』巻八・一六一八)  (玉に貫いて消えないでほしいものです。秋萩の枝の先に置いてゐる白露を)  この一首は、志貴皇子の御子、湯原王のお歌です。王は御父に継いで、素敵なお歌をいくつも作られました。この秋萩を詠んだお歌も見事です。  萩といへば他にも巫部麻蘇郎女といふ経歴のわからない謎の女性による、  わが屋戸の 萩花咲けり 見に来ませ 今二日だみ あらば散りなむ (巻八・一六二一)

草木と生きた日本人 続・東国人と花

一、序  恋しけば 来ませわが背子 垣つ柳 うれ摘みからし われ立ち待たむ(巻十四・三四五五)  「恋しくなつたらいつでも来てくださいね。私の大切な人。垣の柳の芽を摘み枯らしてしまふまで、私は立つて待つてゐませう」といふ意味のこの歌。  さう、この歌も東歌です。この歌には柳の木が詠まれてゐますね。柳の芽を積み枯らすほど摘んであなたを待つてゐますと詠む、実に情熱的な女性の立場の歌です。  前回は、『万葉集』に残された東国人の歌から、都人だけでなく、都から遠く離れた東国の人も

草木と生きた日本人 藤の花

一 序  「私は、人には表現法が一つあればよいと思っている。それで、もし何事もなかったならば、私は私の日本的情緒を黙々とフランス語で論文に書き続ける以外、何もしなかったであろう。私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えて来た。」  とは、わが国が生んだ偉大な数学者、岡潔の名言です(『春宵十話』角川ソフィア文庫

草木と生きた日本人 一 若菜

一 記紀に見る草木  古くから、日本人は、草木を大切にし、草木と共に生きてきました。その事実は、『古事記』、『日本書紀』をはじめとする神典はもちろん、古へ人が愛読してきた『万葉集』や『古今和歌集』などの和歌文学にも明らかです。  たとへば、『古事記』を見てみませう。『古事記』の上巻、神代のことが記されたこの巻には、次の記述があります。なほ、以下に引用する『古事記』と『日本書紀』は、『日本古典文学全集』(小学館)によつてゐます。 「次に風の神、名は志那津比古神を生みき。次に