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【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』51
サード、松原香澄はどことなく高校生のときのあたしと共通点が多いんじゃないかと思っていた。
学校の中では優等生と呼ばれていて、コミュニケーション能力が高い。見た目が良くて、ニコニコしていて、誰もに好かれて、甘え上手。
スポーツができるところはちょっと違うが、まさか、あたしと同じ運命を辿らなくてもいいじゃないか。妊娠発覚が高校2年生だというのも同じだ。
「いま何週?」
あたしは堕胎の経験者だ。今となってはそれが正解だったと思っている。あたしはもう、松原香澄には堕胎させるという考えで決まっていた。
たしか、22週だ。
堕胎の手術が受けられるのは21週と6日までで、妊娠22週になった時点で下ろすという選択自体ができなくなる。
ただ、22週と言えば妊娠してから5か月も経過した後の話だ。松原香澄の腹部を見るに、そういう週数には至っていないはずだ。
しかし、そういう事情を抱えているのだとすれば、ソフトボール部のキャプテン決定会議に出なかったのも、教室で突っ伏していたというのも頷ける話だ。むしろ、6月の総合体育大会によく出たものだ。
「週数はわかんない。でも、下ろしたりしないよ。産む。」
そう来たか。そうだろうな。
やはり、松原香澄はコミュニケーション能力が高い。
あたしが週数を聞いたことによって、どういう話を展開しようとしているのかを理解したのである。つまり、あたしが「下ろせ」と言うのを予測して、「下ろさない」と先手を打った。
たぶん、コミュニケーション能力が高い低いというのはこういうことだ。
相手が何を考えているのか想像できるかどうか、それが境目だ。
カンの良し悪し、と表現してしまうことができれば簡単なのだが、そう言ってしまうと国語の教員として生徒のコミュニケーション能力を上げることもできなくなってしまう。
頑張って説明するとすれば、コミュニケーション能力が高いと言われる人は、過去に経験した膨大な会話の中からパターンを学習しているのだと思う。
そのパターンを参考にして、いま目の前にいる相手の口調、表情、話の内容から、どういう話が展開されるのかを予測しているのである。
あたしもそうだ。立花翼に「付き合ってくれ」と言われる前に、そう言われることがわかった。無意識に、過去のパターンを参考にしているからである。
膨大なパターンデータがあるから、未経験の話題であっても対応できる。人間がやっていることも、まるでAIのようだな、と思えるのは本末転倒かも知れない。
さて、それができる松原香澄はバカじゃない。説得するには手強い相手だ。
あたしは堕胎の経験者だ。
あたしも、妊娠がわかった時点では産もうと思っていた。
脳の中でなにか特殊な物質でも分泌されるんだろうか。自分のお腹に子供がいると思ったとき、産まなければいけないと信じ込んだのである。
あたしの場合は父に顔面をぶん殴られ、失神KOされてようやく目が覚めた。合理的に考えれば、高校生で子を産むなど、どう考えても割に合わない。
しかし、香澄をどう説得すれば良いものか。
生まれたばかりの赤ん坊に、母親はずっと時間を拘束される。
つまり、香澄は高校を中退せざるを得ないし、そうすれば学歴は自然に中卒になる。中卒でも、男であれば肉体労働などはできそうなものだが、女で中卒が働ける場所など、それこそ風俗くらいだ。
風俗は、女がずっとできる仕事ではない。産む選択は賢明ではない。
そこまで考えれば、松原香澄を妊娠させるということが、いかに非合理的で不幸なことなのかがわかる。
つまり、香澄の男はその計算ができないバカ野郎で、何も考えずにしたいことをしたいようにする短絡的な男だ。そいつは香澄と子供の面倒を見たりすることはない。必ず逃げる。必ずだ。
あたしが香澄を助ける。それはイコール、子供を下ろさせるということだ。
「相手は誰なの? 子供の父親は?」
すぐに「下ろせ」とは言わなかった。
香澄は「産む」ということで頭がいっぱいになっている。香澄があたしの言葉を信じなくなったら、もうどうしようもない。まず、香澄の心の内側に入らなくては。
それで、話題を変えて父親が誰かという話に変えたのだ。
「佐藤主人公。」
ホント、マジでいい加減にしてほしい。
自分の子供に「主人公」などと名付ける、バカな親の遺伝子を受けて、それに教育されてきたものがバカでないわけがない。
何をどう考えると生まれた子供に主人公なんて名前をつけるのか。そんな名前をつけなくても、子供が自分の人生の主人公であることは言うまでもない。
あえて主人公という名前をつけるのだから、自分の子供以外は全員脇役なんだという認識なのだ。間違いなく、保護者もイカレている。佐藤主人公も、その保護者も、松原香澄が妊娠したことなど屁とも思っていないのに違いない。奴らにとって、松原香澄は脇役なのだから。
許せない。
敵は主人公だ。さしずめ、あたしは悪役か。やってやるぞ。
つづく
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自宅で油断しまくりのイメージ