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【小説】『嬢ちゃん/22歳元風俗嬢、底辺高校の教師やります 』44
岡崎泡姫の自殺は、SNSで大きな話題になった。そうして、「誰が悪かったのか」犯人捜しのようなものが始まったのである。
様々な名前が挙がった。本人の責任だ、という意見も多いが、どんな育てかたをしているんだという意味で岡崎泡姫の保護者が悪いとする意見、そしてリベンジポルノを公開した得田大海を責める意見、そしてやはり学校が悪いという意見も見られる。猛烈な勢いで話題になっているが、炎上するには火が向かう先がない。
本校にとって岡崎泡姫は、既に転学が済んでいた「元」生徒である。加えて、リベンジポルノが撮影された経緯にも、学校はまったく関わっていない。
かつて、岡崎泡姫の母親が来校した際にも学校は「無関係」を貫いたが、道理から言えば学校が炎上するような材料はないだろう。
ただ。
立花翼が岡崎泡姫と連絡を取っていた、その事実が明るみに出れば、そこには火がつくに違いない。
立花翼は転学後の岡崎泡姫と連絡を取って、会っていた。「あたしには先生しかいないの」と言われてキスまでされている。
あたしの助言に従ったとすれば、その後は連絡を絶ったはずだ。
そして、立花翼が連絡を絶った後で、岡崎泡姫は自殺した、ということになる。
彼女の自殺に世間が誰かひとりの「犯人」を仕立て上げるとしたら、立花翼ほどの適任者はいない。
校内で、立花翼は顔を真っ青にしていた。傍目から見ても通常の精神状態ではない。
学校は中間考査が返却まで完全に終わり、6月に入って一学期後半の授業が始まったところだ。来週は一週間、ずっと一日3時間の短縮日課で保護者面談の予定が組まれていた。中間考査の成績を受けて、今後のために担任が保護者と面談するわけである。
立花翼はあたしと同じ、初任で副担任である。副担任は原則、保護者面談には立ち会わない。来週は短縮日課だから、授業数も少ない。休んだほうがいい。
そう言おうと思って、放課後にあたしのほうからサッカー部の立花翼を訪れた。
あたしの所属、ソフトボール部から見て、サッカー部は同じグラウンドの隣で活動している部活だ。あたしが日頃、日なたぼっこに勤しんでいるソフトボール部のベンチから100メートルも歩かず、サッカー部のベンチに至る。
まだ放課後になったばかりで、本格的に活動は始まっていない。立花翼はいつものサッカーの選手のような上下を着て、ベンチでうなだれていた。
キスまでした女が死ぬというのは、どういう気分なのだろう。
自分を妊娠させた男が責任も取らずに死んでしまうときの気分は知っているのだけれど。
「体調悪そうだよ。来週、休んだほうがいいよ。」
あたしが声をかけるまで、立花翼はあたしの接近にも気付いていなかった。ゆるゆると頭を上げてあたしに気づき、「ああ。」と言った。
「精神面なんだ。たぶん、身体を動かしたほうがスッキリすると思う。」「それは、そうかも。」
「でも、良かったら話を聞いてくれる?」
「あたしで良ければ聞くよ。」
なにしろ、岡崎泡姫と連絡を絶てと言ったのはあたしなのだ。その判断は今でも妥当だったと信じて疑わないが、あたしも立花翼をこの状況に置いてしまった責任は感じている。
後で連絡する、と言って、立花翼はフィールドへ出ていった。
動きはいつも通りのようだ。たしかに、今は色々考えるよりも、ボールに集中しているほうが気晴らしになるかも知れない。
「立花先生って、どこでサッカーしてたんですか? めっちゃ上手いですよね。」
真横からそんな声がして、あたしはぎょっとした。見ると、ソフトボール部のサードである。
彼女は、よく見れば美少女揃いのソフトボール部の中でも別格の美少女である。よく笑顔を見せるので、美少女ぶりが際立つ。もう少し身長があればアイドルでも通用しそうだ。あたしの横に並ぶような位置で、フィールドを眺めている。
「いつからいたの?」
「『良かったら話を聞いてくれる?』のあたりからですね。
立花先生、なんだか元気がなかったみたいですけど、別れ話? 付き合ってるんですか?」
「いや、付き合ってない。」
ちゃんと答えている自分が、なんだか滑稽な感じもした。でも、なぜだろう。このサードは高校時代のあたしに一番近いような気がしているのだ。真面目。優等生。コミュニケーション能力が高い。妙な親近感がある。
「じゃあ、立花先生の片思い?」
「そういうんじゃないよ。ただ、いまちょっと大変みたいなんだ。」
「小島先生、どういう人が好きなんですか?」
なんだか、前にも誰かに同じような質問をされた気がするな。
「優しい人。」
「処女か!」
サードは笑った。
そうだそうだ。アキとこの話をした。そして、今のサードとまったく同じ反応をされたんだった。
「え? じゃあ逆に聞くけど、どういう人と付き合いたい?」
この、高校時代のあたしみたいなサードが何と答えるのか、少し興味があった。
「あたし、ちょっと悪い人に惹かれちゃうんですよねー。」
「ないわー。それはないわー。」
うーん。やっぱり、あたしとは似ていないかもしれない。
立花翼とは、学校とは違う場所で会うことになった。
そこで、あたしが提案したのは安藤に教えてもらったビヤホールである。
あの、感動的においしいビールを飲めば、少しは気が晴れるのではないか、という期待もあった。
つづく
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見えない良さというものもある