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本当の望み

最近流行の「ネドじゅんさん」の本を読んでいました。
エレベーター呼吸も実はこっそりやっています(笑)
この本を読んでいたから、ではないと思うのですが
その中の「二段階上のものを望む」という項を読んでいて
閃いたことがありました。

実は私、物質が大好きで、特に「上等のもの」が好きなんです。
だから、昔は現実に関係なく「いいもの」を選んでいました。
しかしだからって特にめっちゃお金持ちになれたかというと
全然そういうことはなく、むしろ、「あの時無駄遣いしたからかな」と思っちゃう出来事も起きました。

引き寄せ界隈の人たちが「自分にお金をかけて」と言いますけど
私はそれをずっと実行してきたけれど、うまくいかなかったじゃん!ということにずっと「なんで?」と思っていました。

でも、今日ネドじゅんさんの本を読んでいて急に「そういうこと?」って思ったんですよね。

私の本当の望みはお金持ちではない、ということに。

だから、「もの」を集めても幸せを感じられない。
上等の「もの」に囲まれてもそれは私にとって最善ではなかった、ということです。

上等の「もの」に囲まれている人と話が合わないことのほうが実は多かった人生でもあって、「ものの価値」はすぐに見抜けるけど、上等のものは好きだけど、人生に求めるものは「そこじゃない」
実は「上等の人間」を求めているのだ、と。

たくさんの上等なものを少し頑張って「持って」はみたものの
それは私を望む人生に導いてくれるキーとしては弱かったのです。

そうか、これに気づかせるために、「ものを得たからって望みは叶わないよ」「お金を遣ったって望む人生に移行したりしないよ」という現実が起きてきたのかと。

お金持ちの人とわいわい過ごすのが私の望みではないので
海外旅行に行くことが望みでもないので
「ものの写真を集めて願望実現」は今の私にまったく必要がないんです。

それにやっと気づいたか。

人は、本当の望みに気がつくまで、この世のまやかしの望みを叶えたいと思うものなのかもしれませんし、それを叶えていっても満たされない自分に気づかないとわからないものなのかもしれません。

私の近くには、「正社員になれた」という願望実現はしたけれど
幸せそうでない人がいます。
自分が思ったようにふるまえなくていらいらしている様子が見受けられます。
正社員=偉そうにできる、と勘違いしているからです。
自分がそういう立場になったことだけに満足しているため、周りから「間違えずに仕事してくれよ」と思われていることに気づいていないのです。

「何のために」その願望が必要なのかがわかっていなければ
どんなにそれが叶ったとしても
心の平安は訪れないのではないかなと思います。

願望って実は意外と簡単に実現します。
叶うように行動しているし、叶うからこそ望んでいるので。
どんなに占い師が無理だと言っても叶います。

ただそれが心からの望みかどうか、です。

あれ、こんなはずじゃなかったな、みたいなことは
多々あると思うんです。
そして、それに気づくために叶わない、叶ってないと思えるようなことが起きてくる。

そういう気がするなあ。

引き寄せの本とかめっちゃ読んできましたし
実験も色々やってきましたけれど
読者がそこに飛びつくからと
「お金」や「もの」の引き寄せ体験談を書かずにいられない人たちが多いのは、なんだかなあ・・・と。

ネドじゅんさんまでもが「二段階上の上等なものを選べ」と書いているのを見て、いやそれはそうだけどさ・・・と思ってしまったところです。

否定ではなくて。そこは必要な層がいるかもしれないけど、この今の日本に必要な思考はそれじゃない気がするよ、と。
で、ここ数年の自分を振り返ってみて
物質を求める気持ちは第一段階なのでは?と思ったことでした。
物質が大切でないとか、いらないという意味ではなくてね。
そのノウハウを書かずにいられない悟り系の人たちってなんなんだという気持ちはずっとあって
でもやっと、自分の中で腑に落ちたことがあったので
シェアしてみました。






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