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PUNKでHSPですけど何か? in NY

またしてもHSPについての話になってしまうんだけど、今回は自分の文化的嗜好と絡めて書いてみようと思った。

ネット検索が当たり前の時代になる前は、それこそ心理学やらカウンセリングみたいなものも、一般の社会人生活的には、まだ「怪しい」項目に入れられるものとして存在している部分が多かった気がする。(人によってはカルト宗教に近いイメージすらあったかもしれない)

とは言え、いくらネットメデイアやSNSがあっても、今まで通りに変わらずテレビ中心の生活で、一向に何十年も前とそれほど変わらない生活をしているといった団塊以上の世代の人たちも実際には今でもいるだろう。

そういう人たちが社会の中心になっていた時代に比べて、今やHSPやその他の人格障害や発達障害、もしくは毒親問題などが表に出てきて、それらについて、決して”ネガテイブなだけではない解釈”という杓子定規外の感覚が社会に生まれてきたのは、とても大きな助けだと思う。

だから、今のように情報が普通に溢れ出ている時代になる前に子供時代や思春期を送った人たちは、古くは、駆け込み寺の和尚さんだとか(古過ぎる!笑)、人徳のある塾や予備校の先生、年上の先輩、あるいは、学校の保健室ぐらいしか、頼れるものがなかったと思う。

そして、それら全てが八方塞がりだった場合、もちろん登校拒否や引きこもりには”変わりもの”目線で見られる以外の市民権がなく、ネットカフェに泊まることすらできなかった時代は『荒れる』しかなかった。

そして、その『荒れ方』にもやっぱり種類があった。

単純になんとなく日常や学校社会が面白くなくて、目に見えて分かる外向きな形で『荒れる』としたら、おそらく地方だとヤンキー化したり、例えば90年代前半の東京とかならチーマー化したりみたいな感じだったんじゃないだろうか。
でも、これはどっちもだけど、グループ活動だ。

だから、もっと内向的な『荒れ方』っていうことになると、やはり、早熟な個人恋愛を選ぶ以外では、一人でサブカルとかロック、漫画や文学なんかにハマるっていうことになって行く方向性が多いと思う。HSP的要素の人たちは、どちらかと言うとこっちのタイプになることが主なんじゃないかな。

私の場合も、例にもれず、そのタイプで、特に思春期に見つけた英米の60年代から70年代のクラシックなロックに引き続いてハマって行ったのは”PUNK"だった。

だから、カテゴライズするならば、頭の中は完全な怒りに満ちたPUNK少女だったにも関わらず、表向きにはコミュ障のシャイで大人しい目立たない生徒のHSPだった。

その傾向は、今でも変わらずどこかにあるかもしれないけど、とにかく内側では、毒親傾向の家庭内で溜まりに溜まった抑圧に対する怒りを表現する矛先を常に探していたんだと思う。

そして、その気持ちが社会や体制に対する怒りを持て余した「PUNK」のスピリットと見事にクリックしてしまった。

そんなわけで、「PUNK」やサブカルの大きな影響力は、結局私をNYまで運んできてしまうことにまでなった。

そんな風に、ある意味では中二病のまま大人になってしまった私は、今でも普通の大人になりきれないアダルトチルドレンかもしれない。

それがいいか悪いかはわからない。でも、おかしな人の集まりのようなこの街にいて、私は少しばかり助けられているように思う。

そんな私が今、楽しみにしているのが、この秋に封切られるマーチンスコセッシ監督の最新作である”Personality Crisis:One Night Only"だ。
この映画は、NY PUNKの代表的なバンドの一つであった”NY Dolls"(ニューヨークドールズ)のヴォーカリストであるデヴィッド・ヨハンセン氏を追ったドキュメンタリーだ。
https://www.udiscovermusic.jp/news/martin-scorcese-documentary-new-york-dolls-david-johansen

マーチンスコセッシという監督は、クイーンズのリトルイタリーで育った今年80歳になる生粋のNYっ子だ。彼は、さすがに激動の時代を見て来ただけあって、数々のNYを舞台にした名作を生んでいるだけでなく、70年にNYロックフェスで行われたドキュメンタリー映画「ウッドストック愛と平和と音楽の3日間」の編集に携わって以降は、ザ・バンド(The Band)ザ・ブルース(The Blues)ボブデイラン(Bob Dylan)そしてローリングストーンズ(Rolling Stones)やジョージハリソン(George Harrison)など、数多くの有名ロックミュージシャンのドキュメンタリーにも携わって来た。

そして、映画「グッドフェローズ」では42曲ものロックの楽曲が使われている。

マーチンスコセッシやその映画に対する思い入れについて語るとかなり長くなるので、今回は書かないけれど、この映画では、NY育ちの彼の熱い音楽魂が、実際に公私共に交友が熱かったというデヴィッド・ヨハンセンとの対話でどう展開されているのかがとても興味深い。

この記事は、今はなき、伝説のライブハウスであるCBGBのあった場所の近くにあるカフェで、シェパードフェアリーによって描かれた同じく70年代のNYパンクの代表バンドのBlondieの壁画の前のカフェで書いた。(この壁画の写真は、以前この記事のトップで使った)

https://note.com/jasminflower/n/ncbee4616b693

NYパンク全盛当時に比べると、この街も思い切り変わってしまったかもしれない。

でも、当時のNYにあったカルチャーは、中二病でどん底に人生が嫌だったHSPの私の心に、海を越えて確実に”生きてる感覚”を与えてくれる何かを届けてくれたことだけは確かだ。
























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