感動せずにはいられない!破戒 (1962) 大映
市川崑監督
文豪・島崎藤村の名作「破戒」の映画化。
脚本・和田夏十
カメラ・宮川一夫
音楽・芥川也寸志
出生の秘密を隠して生きる
悲劇の青年に 雷蔵さんはぴったりだ。
市川崑監督はこれまでにも
夏目漱石『こころ』、谷崎潤一郎『鍵』
三島由紀夫『金閣寺』、大岡昇平『野火』と
優れた文芸作品を映画化していますね。
この『破戒』は
雷蔵さんの結婚が決まり
そのお祝いに創られた企画だったそうですよ。
〇
明治後期
信州・飯山町の小学校教師 瀬川丑松 (市川雷蔵)は
ある夜、離れて暮らす父親の 自分を呼ぶ声を聞く。
その、胸を塞ぐような父の声に 何か不吉なものを感じ
急ぎ信州山麓の 父の住む番小屋に駆けつけると
父は既に亡くなっていた。
丑松は 部落民の子であった。
父は 部落民の苦悩を 息子には味あわせたくないと
丑松に「生涯、生い立ちを隠して生きよ」と戒め
自身も息子とは 生涯会わぬ覚悟で
独りこの地で牛飼いとして暮らし そして死んで行った。
丑松は 父の戒めを守りながら 教職に情熱を燃やし
今は心の拠り所として
親友であり 同僚の土屋銀之助 (長門裕之)がおり
そして、丑松の下宿先である蓮華寺には
寺の養女となっている 丑松を慕うお志保 (藤村志保)がいる。
丑松は
部落出身者の解放運動家・猪子蓮太郎 (三國連太郎)の
著書を愛読し
あらゆる迫害にもにもめげず
信念を貫き通す猪子に傾倒し 幾度も手紙を出していた。
しかし 念願の初対面を果たした時、
丑松に自分と同じ 血の匂いを嗅いだ猪子から
「かつて私も弱く 素性を隠して 卑怯者として生きていた。
君も一生、卑怯者で通す気ですか」
こう問い詰められた時、丑松は
「私は部落民ではありません」
と、強く否定し 猪子の前ですら 父の戒めを守った。
だが、秘密を抱えて生きるということは
いかに難しいことか・・・
あるとき、
飯山の町会議員に 丑松は呼び出され
信州の (部落民の住む)地域からの 列車の中で君を見た。
実は自分の妻も部落民であり
お互い協力しようと 脅して来る。
もちろん丑松は否定し 拒絶したが
だがその頃から どこからともなく
瀬川先生は部落民ではないか、という噂がたち
丑松は激しく動揺する。
そんなある夜 突然、猪子が訪ねてきた。
しかし 懐かし気に歩み寄る 猪子に対して
噂に怯える日々を 送っている丑松は
「私はあなたを知りません」と 突っぱね
猪子は
「私は人違いをしたのかも知れませんね」と
丑松の心中を察して 帰って行った。
その翌日、
猪子は壮漢に襲われ 死を遂げる。
その無残な遺体を目にしたとき 丑松は決心する。
自らも素性を明かし
猪子の意志を継ぎ 運動家の道を歩むことを。
「進退伺い」を手に
校長に自分が部落民であることを 告白した丑松は
その場で職を失った。
そして、感動せずにはいられない!
丑松が最後の教壇に立ち 教え子たちに詫びるシーン。
「私は部落民です。
皆さんに嘘はつくなと教えながら 自分は嘘をついていました。
でもこれから 五年、十年と経って 皆さんが小学校時代を考えるとき
嗚呼、高等四年の教室で 瀬川という教員にならったことがあったっけと
思い出してください」
「部落民は 町の方たちの家を訪ねても
土間に手をついて 敷居の中には入れません。
これほど卑しめられている部落民も
世の中に生まれて来た時は 無防備で無邪気な赤ん坊なのだ。
死ぬまで皆さんと同じ人間なのだと
噛んで含めるように 私が言ったことを思い出してください」
まだまだ長い台詞です。
そして、どうか許して下さいと
子供たちの前に 手をつき頭を下げるのです。
雷蔵さんの頬をつたう涙。
子供たちも泣いています。
丑松はこの後、
遺骨を抱いて帰る 猪子の妻と共に
降りしきる雪の中を 東京に向かいますが
この猪子蓮太郎の妻役の 岸田今日子さんが
丑松を諭すシーン。
「人があなたを部落民と噂するなら
させておけばいいではありませんか。
人間はみな平等と 憲法にもあります。
人間を差別する方が 間違っていると言いながら
なぜ間違っている方に 尺を合わせて暮らすのですか」
こういう台詞を淡々と語る
岸田今日子さんにも 感動します。
また、原作者・島崎藤村と 役名・お志保から
芸名を頂いたという 藤村志保さん。
お志保が丑松に 一緒に生きていく決心を伝えるシーン。
部落民の自分と同じ苦労を させたくないと拒む丑松に
「猪子さんの奥さんだって、部落民ではないじゃありませんか!」
控えめで 物静かなお志保が 唯一、激しい口調で訴える。
ここもいいシーンでした。
藤村志保さんのデビュー作でした。
主演・市川雷蔵をはじめ
三國連太郎、長門裕之、船越英二、中村鴈治郎という
主要登場人物のメンバーはいずれも
映画界最高のブルーリボン賞受賞者であり
日本映画界でこれ以上は望めない顔ぶれと言えます。
他に
宮口精二
杉村春子
加藤嘉
浜村純
浦辺粂子・・・ 魅力的なメンバーです。