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樋口一葉 珠玉の短編『にごりえ』 より 「大つごもり」
今井正監督 (1953年) 文学座・新世紀映画社
今年も早や、年の瀬となりまして
今回は この作品のご紹介です。
樋口一葉さん、23歳の時の作品。
表題作の『にごりえ』他 『十三夜』『大つごもり』の
三作からのオムニバス映画。
ここでは『大つごもり』を ご紹介いたします。
〇
「十二月十五日 晴れ
いと寒し 薄霜降りたる」
資産家の家で 女中奉公をしている
みね (久我美子)は
ある日、半日ばかりの暇を貰って
叔父の病気見舞いに行く。
幼くして両親を亡くした みねを
親代わりとなって
育ててくれた叔父夫婦 (中村伸郎・荒木道子)は
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今は極貧の暮らしにあり 八歳の三之助までが
しじみを売って 生計を助けている。
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「さんちゃん、この肩にてんびんを担ぐのね」
ここで みねは 叔父夫婦から
借金の利息やら何やらで どうにも年が越せない
どうか大晦日までに ご主人から二円の前借りを
してくれないかと頼まれる。
「叔父さん、叔母さん、大丈夫ですわ。
私、何としてもお願いしてみます」
大晦日。
主人は朝から魚釣りに
女主人と二人の娘は 街に買い物に出た。
みねが一人で
正月料理の支度で てんてこ舞いのなか
ふいに この家の長男・石之助 (仲谷昇)があらわれる。
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石之助は 主人の先妻の子で
後妻の女主人とは なさぬ仲であり
今は別所帯を持ち こうして たびたび
お金の無心に来る 放蕩息子。
本来ならば この家の跡取り息子であるが
自分の娘に婿を取り 家督を譲る算段の 女主人である。
さて、この忙しい最中でも
嫌な顔も覗かせず 石之助の相手をする みね。
「もう一人の、そうそう、お松はどうした?」
「あの人は先月、下がりました」
「そうか、あんな後生楽でも 続かなかったか。
まったく、この家ほど奉公人が 居つかない家はない。
昔はそうじゃなかったが、俺が子供の頃は・・」
家の者が留守と聞くと
石之助は急に 気持ちがほぐれた様子で
みねとしばらく 世間話をしたあと
「ちょいと酒の支度をしてくれないか」と
茶の間に入って行ったが
みねが お膳を運んでいくと
石之助は横になって うたたねをしていた。
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そこへ帰って来た
女主人(長岡輝子)と 娘たち (岸田今日子 ほか)
石之助が来ていると聞いて たちまち嫌な顔をする。
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「やれやれ、大晦日で忙しいというのに
どこの誰だか、暇な人もいるものだ・・」
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ここでおずおずと 二円の前借りを切り出す みね。
「あの、奥様 このあいだお話しました 二円ですが・・」
「え、二円・・?」
しかし
先日 女主人に打診した時には
確かに機嫌よく 承知してくれたはずなのだが
「ああ確かに話は聞きましたが、
なにもあたしの手元から立て替えようなんて・・
おまえの聞き違いじゃないのかい」
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途方に暮れる みね。
夕方には三之助が お金を取りに来る約束である。
するとこのとき
嫁に行った長女が 産気づいたとの知らせに
女主人は ふたたび家を出ることになるが
出がけに借金を払いに来た者がおり
その二十円のお金を
茶の間の掛け硯 (かけすずり・手文庫)の中に 仕舞っておくよう
みねに言いつける。
みねは二十円を 掛け硯にしまった。
だが、もう日が暮れる・・
三之助がやってくるだろう。
お金が出来なければ 叔父はどれほど困るだろう。
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庭から聞こえてくる
何の屈託もなく遊びに興じる この家の姉妹たちの声。
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切羽詰まった みねは
ついに掛け硯の中から 二円を抜き取ってしまう。
やがて 日が暮れて帰って来た女主人は
ねばっていた石之助に
五十円をお歳暮代わりと渡し 家から追い払う。
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「ほう、これはこれは、有難く頂戴いたします」
「まったく、あの子を産んだおふくろさんの顔が見たいよ」
帰って行く石之助の背中に 悪態をつく女主人。
大晦日の夜は 押しつまり
主人夫婦は この一年の総決算をはじめる。
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「そうだ、掛け硯の中に 二十円あるはず・・
おみね、おみね、掛け硯を持っておいで!」
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この時の みねの気持ちを
作者の一葉さんは こんなふうに綴っています。
「主人夫妻の前で
事情をすべて、女主人の無情の扱いまでも話して
二円を盗みましたと白状しよう。
しかし これは自分一人の計らいで
わが叔父は一切関係なし
それを理解してもらえなければ
舌を噛み切って死のうとまで 思いつめていた」
・・・・ みねが 掛け硯を女主人に差し出し
その前に頭を下げた その刹那、
女主人が声を上げる。
「お金が無い!」
掛け硯の中のお金は すべて無くなっていた。
そして
「おやまあ、こんなものが・・・」
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「引き出しのお金も 拝借致し候 石之助」
茶の間で横になって
みねの行動を すっかり見ていた石之助は
罪をかぶってくれたのです。
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〇
明治の商家のたたずまい、雰囲気・・
そこに生活する人々の 立ち居ふるまいが
丹念に描写されていて
生活様式の美に心を打たれます。
そして
華族の家柄出身のお嬢様女優
久我美子さんの演じる
みねの清潔な痛々しさが 胸に沁みました。
石之助役の 仲谷昇さん
娘役の岸田今日子さん
共にこの作品が 映画初出演。
後に結婚されましたね。
オムニバス映画は 難しいと言われますが
小林正樹監督の『怪談』と
この今井監督の『にごりえ』は 見事な作品だと思います。
1953年の キネマ旬報ベストテンでは
小津安二郎監督『東京物語』
溝口健二監督『雨月物語』を押さえ
第1位となりました。
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おしまい