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2.ロスキレ大学PPLとオールボー大学PBL

文責:安岡美佳・内田真生

はじめに

大学の創設理念や成り立ちは非常に類似しているロスキレ大学(RUC)とオールボー大学(AAU)(前章「1. デンマークの大学とその特徴」参照のこと)でありますが、学習モデルは、RUCではProblem-oriented Project Learning(PPL)、AAUでは、Problem and Project Based Learning(PBLもしくはPOL)と呼ばれます。RUCのPPLは、環境の作り方も重視する点が、またAAUのPBLは、学習者の責任とふりかえりを重視する点が特徴的です。

ロスキレ大学(RUC)のPPL

RUCの学習モデルは、『課題を起点とするプロジェクト学習(Problem-oriented Project Learning (PPL)』と呼ばれています。PPLは7つの原則にまとめられ、RUCの教育における共通のベンチマークを構成しています。7つの原則は、元は後述するAAUと同じ6つだったのですが、時代に合わせ7つ目の国際性が追加されました(RUCの発表)。7つの原則は、RUCにおける学習や教育において重視されている考え方になっています。PPLは、基本的に「プロジェクトワーク」で活用されるものとされていますが、筆者(安岡)がRUCでの業務から感じるのは、PPLはRUCの根本的な思想に直結しており、明示されてなかったとしてもプロジェクトワーク以外の通常の授業(コース)や毎日のキャンパス生活などの全ての側面での基盤となっているように思えます。例えばイベントグループが作られる場合、PPLに根付いたアクションが見られるなどです。そこでは、学生教職員の垣根を超えたグループが作られたり、課題に立ち戻って目的を明確化したりといったような試みに繋がっています。

まず、簡単に「PPLの7つの原則」を紹介します。 

RUCのPPL:7つの原則

1.プロジェクトワーク
コースで習得した知見を用いて、関連する課題を探索・構成し取り組むプロジェクトワークを重視します。プロジェクトとしてある一定の課題に対し長期にわたり取り組むことで、より深い理解を得ることが目的です。同時に長期プロジェクトに取り組むことは、プロジェクト管理の知見を身に付けることにも繋がります。

2.課題から始める
RUCで必ず皆が取り組む「プロジェクトワーク」は、理論や科学的手法を用いて現実世界の課題を理解し、解決に結びつけることを志向しています。PPLは、学術的な研究方法を元にした学習モデルと言えます。RUCでの学習は、誰から与えられた質問や課題に答えたり取り組むのではなく、自分自身で課題設定をすることから始まります。プロジェクトワークという取り組みにより、学習者は課題を定義し、評価する能力を身に付けることができます。

3.学際性
現実にある実社会の課題は、学問領域を超えた考察が必要になります。学際的な知見を身に付けることで、全く異なる方法で課題を模索することができ、新規性に富んだより適切な方法を、問題解決に活用することができるようになります。学際性を持つということは、伝統的な学問領域にとどまることなく、適切なリソースとして活用することを意味します。

4. 参加者が主体的に取り組む
自分自身、学友、教師・指導教官、そして学習指針など、全ての「参加者」は、課題、手法、学習目的における何らかの役割を持っています。参加者が主体的に取り組むということは、誰からの指示を待つのではなく、学問的・専門的な対話や交渉を活動の中心に据え、課題定義を行い知識を創造していくということを意味します。

5.具体例を活用する
「プロジェクトワーク」で具体的な例を元に実践することで、より全体的な視野を持ちつつも課題をより深く探索していくことができます。当該分野における特定課題に取り組むことで、一般的な理論や方法論に回帰し、より深い理解に繋げることができます。

6.グループワーク
PPLにおいて、グループワークの意義は、グループで取り組むことで、個人でできる以上により深い問題探索ができるという信念に基づいています。グループワークでは、各学生が自分自身の視点やスキルを持ち寄りグループに貢献することが重要です。多様性を確保することで、プロジェクトにおいて重要な学問的議論が生まれ、振り返りのスキルや相互学習がより強化されます。グループワークをいかに最適な形で構成し進めるかを経験することで、例えば大学卒業後で務める職場などの異なる状況においても、良い協力体制を構築することができると考えられています。

7.国際的な視点とビジョン
世界、国、地域レベルの課題に対し、課題を特定・分析・振り返りをする能力を養う国際的な視点とビジョンを獲得することは重要です。国際的な知識と視点は、異文化理解や異文化コミュニケーションを可能にし、批判的参加・寛容と尊重といった国際的な認識や国際人としての心構えを育てることに繋がります。

RUCで70年代から模索されてきたこのPPLの方法論は、グループワークの視点といい、学際性や主体性の重視といい、今の不確実性複雑性の高い社会やイノベーション教育に特に必要とされている点が盛り込まれています。これが、70年代に作られてきたというところに驚かされます。さらに、北欧を起点とする参加型デザインや反復型のアプローチ、一般的にはデザインシンキングとして知られている方法論、近年注目されているクリエーティビティや多様性に必要な要素として語られる要件とかぶる点が多々あることも注目したいところです。また、RUCのPPLの7つの原則には直接的には含まれてはいないものの、物理的な環境の作り方も多くの配慮が施されています。例えば、筆者(安岡)のオフィスがあるコンピュータサイエンスの10号館は、講義室とオフィスが混在していて、指導教官と学生が自然とすれ違う作りになっています。自発的に学ぶための支援策の一つして、物理的な環境デザインがあると思うのですが、「学習コミュニティ」が実践されやすい形になっていることを毎日の生活で学んでいるのです。

オールボー大学(AAU)のPBL

AAUの学習モデルは、『課題解決型およびプロジェクトベースの学習(Problem and Project Based Learning (PBL)』と呼ばれています。略称が一般的な課題解決型学習(Problem Based Learning)のPBLと同一で混乱しやすいため、敢えてPOLと略す人もいます。ここでは、AAU式PBLと呼ぶことにします。

AAUは、デンマークで唯一のPBLに関するユネスコチェア(UNESCO Chair)が設置されている大学です。ユネスコチェアとは、「知の交流と共有を通じて、高等教育機関および研究機関の能力向上を目的とするプログラム」のことを指します。日本の文部科学省はこのプログラムについて、「高等教育機関の国際的な連携・協働を促進することで、人的・物的資源のシンクタンクとして、また教育・研究機関、地域コミュニティ、政策立案者間の橋渡し的存在としての役割を担うことを目指す」と説明しています。AAUでは、ユネスコチェアの目的に従い、社会と教育的要求の変化に合わせながら、AAU式PBLモデルを開発、実施しています。

AAU式PBLは、グループによるプロジェクトワークを全ての学びの中心に据えた6つの原則にまとめられ、学習者の振り返りによる学びと、その学びに対する責任に重点を置いています。次に「AAU式PBLの6つの原則」を紹介します。

AAU式PBL:6つの原則

1.課題が出発点
PBLという名の通り、学習は「課題(Problem)」から始まります。ここでの課題は、「信頼性と科学的根拠がある、理論的かつ現実に存在するもの」になります。この課題に「科学的根拠がある」とは、課題が理解しやすく、学際的アプローチで解析・解決しやすいことを意味します。また、課題が「現実に存在する」とは、学術研究外、つまり実生活における課題であることを指します。

2.グループよるプロジェクト
プロジェクトとは、期間と実施対象が限定されたプロセスのことを言います。プロジェクトにおいて、学習者は課題を表現・解析・解決し、最終的にプロジェクトレポートなどの実態のある具体的な成果を出します。プロジェクトの目的は、プロジェクト実施方法と共に、課題を構築するプロセスの中で決まっていきます。そのため、学習者はプロジェクトに従事している間、常にプロジェクトの実施方法そのものを開発することになります。

3.プロジェクトのためのコース
AAUでは、選択科目を含むコースの履修が必須です。これは、幅広い理論と方法論に精通し、それらを自分のプロジェクトワークで活用できるようにするためです。コースでは、授業、ワークショップ、セミナー、演習など、学習者として多くの活動が求められます。

4.コラボレーション:グループ、指導教官、外部パートナー
AAUの学生はグループによる長期のプロジェクト活動を行います。学習の出発点である課題を得てから完了までの間、グループ一丸となって共同作業を行うのです。グループワークには、知識共有、集団的意思決定、学術的議論、活動の調整、相互の批判的フィードバックが含まれます。プロジェクトが成功するためには、グループのメンバー同士の相互支援が不可欠であるだけでなく、指導教官や外部パートナー(例:企業や他のプロジェクトグループ)とも、密な協力関係を構築する必要があります。

5.具体的な実例をつくる
カリキュラムとしてみた場合、プロジェクトワークは、学生がコンテンツと取り組みの両面からみて「具体的な実例」をつくるよう設計されています。具体的な実例であるという意味は、学生たちがプロジェクト期間中に成し遂げた様々な学習成果が、彼らの将来のキャリアの中で出会う類似した状況に転換できることを指します。それには、学生が、課題の背景とグループワークで得た結果の範囲と状況を理解することが必要となります。プロジェクトワークにおいて、具体的な事例を重視することは、学生はより広い範囲や背景で応用できる知識とコンピテンスを身に着けることにつながります。

6.学生は自己の学びに責任を
AAUの学生たちは、カリキュラムの枠組みと目的の範囲内であれば、プロジェクト内容を選び、学習プログラムの主な要素を決めることが概ね自由に行えます。これは同時に、学生たちが自己の振り返り(self-reflection)に対し、責任を持つことを意味します。振り返りは、学習成果の質や課題に対する基礎知識と関係しており、課題解決型プロジェクトワークに従事する上で、本質的な目的となります。グループ内での協力・連携だけでなく、学習プロセスの構築、コースやプロジェクトの成果に対しても、学生に責任があります。

AAUは、この学習モデルで学ぶことで、学習者は自主的に高水準の知識とスキルを習得することができるとしています。また、分析的かつ学際的で課題・結果志向な方法で、学習や仕事が出来るようになると同時に、共同作業の中で能力を確立できるとも言っています

AAUはPBLのユネスコチェアとして、PBLを実践し広める人材を育成するための『Master of Problem Based Learning in Engineering and Science (MPBL)』という修士課程レベル(約2年間)の有料オンラインプログラムを提供しています。入学条件は、学士以上かつ3年以上の業務経験があることです。このプログラムでは、PBLの要素となる教育モデルから、PBLを組織に導入する場合はどのように体制を変化させればよいかというチェンジマネジメントまで、プロジェクトワークを中心に、反転学習による講義やグループラーニングをしながら学んでいきます。簡単に言えば、オンライン上で世界中の同級生とAAUのPBLを体験しながら学ぶのです。オープン大学ですので、学期毎、個別のコースやプロジェクトのみなど、自由に自分の受けたいテーマを学習することができます。ただし、MPBLという称号を取得したい場合には、修士論文の執筆が必須です。筆者(内田)の在籍時は、デンマークの他、イギリス、アメリカ、ブラジル、コロンビアから大学教員が参加していました。

AAUのPBLモデルは、RUCのPPLモデルと同様、学際性、主体性、クリエイティビティ、課題解決志向、結果志向そしてチーム作りなど、今後の多様で変化に満ちた社会で生きていくために必要なスキルやコンピテンシーを鍛えるノウハウが詰まっています。何より、学習者である学生に対し、本人の振り返りによる学びの成果について責任を取らせるという姿勢は、私たちが仕事、家族、社会活動の中で生きていく上で果たすべき様々な責任とその取り方を学ぶ訓練になるのではないでしょうか。

そのほかの実践例

ロスキレ大学やオールボー大学が率先している学習モデル、PPLやAAU式PBLなどは、アクティブラーニングの中でも、学習が学習者主体で課題(problem)からはじまることから、「課題解決型学習(Project-Based Learning: PBL」に分類できます。しかし現在、PBLは一意に定義されておらず、世界中でその国の文化的背景や学習現場のニーズに合わせて独自の学習モデルが作られ採用されています。ここでは、2つ例を紹介します。

オランダのマーストリヒト大学(Maastricht University)の医学部では、医学生が治験研究のためのグループワークを行っています。学生は、実際の患者の症例に対し、グループワークとして調査やディスカッションにより、その患者の病原と治療方法を特定していきます。デンマークの2校と比較すると、グループワークにおける学生の選択の自由度が低いのですが、マーストリヒト式PBLと呼ばれています。もともと、大学を卒業し医師となった元医学生たちが、医療現場で教科書通りの診断しかできず、個別の患者に対応できていないことが問題になっていました。そのため、臨床現場で患者を診れる医師を育成したいと導入したのがこのPBLです。マーストリヒト大学も1976年に創立された比較的新しい大学ですが、その実績は世界に広く知られています。

日本でも、立命館大学政策科学部が「政策実践研究プロジェクト」というテーマで、「Project/Problem Based Learning (PBL)」と呼ばれる、グループによるプロジェクトワークを行っています。学生が自ら学習テーマを設定した後、グループ毎に文献調査とフィールドワークを行い、現場での問題や当事者の利害関係などについて考察していきます。その学習成果を「政策」としてまとめ、プレゼンテーションを行っているようです。

その他のアクティブラーニングとして、ケーススタディ、eラーニングで良く使われるシナリオベースの学習(Scenario-Based Learning)、探求型学習(Enquiry-Based Learning)などがあります。

次回は、実践例に基づいた「3.デンマークのグループワークの手引き」を紹介します。

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