デンマークの修復師について
鵜飼麻未
2017年12月18日
近年、デンマークの修復師は、日本でも後継者がほぼいないという伝統工芸の修復を行ったことが、デンマーク国内で報道された。そのような腕を持つデンマークの修復師とは、どのような人たちで、どのように養成されているのだろうか。主に、デンマークの修復師とその養成教育についての調査結果を報告する。
はじめに
2017年10月にコペンハーゲンでデンマーク䛾修復師が主催する日本䛾金唐紙䛾ワークショップが開催された。コペンハーゲンで発見された金唐革紙䛾修復を行なった修復師䛾腕䛿、招聘された日本䛾伝統工芸家が驚くほどであった。
日本䛾伝統工芸をすら修復する腕をもつデンマーク䛾修復師と䛿、ど䛾ように養成されている䛾だろうか。
以下、デンマーク䛾修復師とそ䛾養成教育について、まとめた。
1.修復師とは
修復師とは、古くなったり傷ついたりしてしまった美術品などの芸術作品を、元の価値を損なわないように修復するプロの職人のこと。英語でConservator、日本では「修復家」とも呼ばれる。デンマークでは修復師を育成する教育機関があり、学生は修復に関する知識や技術を身につけて卒業後、プロの修復師として活動する。日本では修復師育成のための独立した教育機関は存在せず、修復に関するカリキュラムを設けているのは学士過程では一部の公立大学、私立大学、短期大学または専門学校である。国立美術大学として有名な東京芸術大学では、修士過程でのカリキュラムが存在する。さらに、日本では修復を扱う分野も主に絵画が中心となっている。
2.修復師の教育機関
■a. KADK(デンマーク王立芸術アカデミー(建築・デザイン・修復科)
【I. 概要】
正式名称は、Det Kongelige Danske Kunstakademis Skoler
for Arkitektur, Design og Konservering(英語名:The Royal Danish Academy of Fine Arts for Architecture, Design and Conservation)。建築、デザイン、修復の3つの分野に精通する北欧の研究機関。他の機関とも協力しながら、活動を国内だけでなく世界にも展開している。7つの教育機関を傘下に持ち、調査、実践、研究を通して将来、社会、文化遺産を形作る研究者や知識を形成することを目標としている。さらに、ワークショップ、講義、プロジェクト教育を通して世界規模での活動を視野に入れている。理論と実践を組み合わせた教育システムを提供する。
【II. 統計】
志願者(学士、2013年):2989
合格者(学士、2013年):387
学士過程:990
修士過程:870
卒業生(学士、2012年):278
卒業生(修士、2012年):258
博士課程:59
外国人学生:488
教員:380
資金:2億7700万クローネ(円:約49億8600万)
■b. 修復科
【I. 概要】
BA(Bachelor of Arts=学士)、MA(Master of Arts=修士号)、PhD(Doctor of Philosophy=博士)のレベルがある。EU圏内の修復や国際的に協力して研究をすすめ、文化遺産保護に貢献できる人材を育成することが目的。他の修復活動や団体との協力を経て修復を国内のみならず国際的な面からも修復に関する意識を高めている。さらに、EUのみならず広い視点で世界的文化遺産の保護に貢献することを目標に掲げている。組織の役目は、学生一人一人がそのような場でリーダーシップを発揮できるよう育成することである。卒業後の進路としては、美術館、修復機関、図書館、自宅での研究や海外にオフィスを構える場合もある。ヨーロッパ内部の文化遺産保護の専門家であると同時に、学生との意見交換を通して、組織の教育水準を高め、科学的理論を用いて研究を行っている。
【II. コース説明 / 学士過程】
●3年教育。
コペンハーゲンにキャンパスを構え、毎年9月にセメスター開始。授業はすべてデンマーク語のため、スピーキング・ライティング両方のスキルが求められる。留学生はデンマーク語のテストに合格しなければならないが、ノルウェー、スウェーデンからの留学生には特別措置がある。
●グラフィックアート
紙、印刷、写真、映画、文字に関わる資料を扱う。写本、印刷、紙上アートに関わる修復や革、製本、写真、映画、サウンドまたはデータメディアに関しても取り組んでいる。伝統的史料、現代資料を保存、保護するために、論的基礎と実践的スキルの習得を目指す。
●遺跡芸術
金属、石、石灰石、その他の資材からできている彫像の修復を行う。金属、石の彫像やモザイク画、壁土等を扱う。教育課程の中で学生たちは物質・資材が悪化する原因を分析することを学習する。また、巨大文化遺産の修復と保護に関しての実践的知識習得を目指す。
●博物学
動物、植物、化石の保護を学習。繁殖、自然保護の教育も行う。自然遺産保護のために植物学、動物学、地理学、化学の教養を身につけることを目標とし、机上学習と博物館での実習を兼ねる。ほとんどの授業は自然の歴史に関する内容で、medical museumで行われる。
●物質修復
考古学的、歴史的起源をもつ物質の保護に関する。金属、ガラス、セラミック、布、皮膚、革、骨、歯、琥珀の修復を行う。文化的歴史遺産の修復や保護に関して、重要な地域に関する理論的、実践的知識の獲得を目指す。
●絵画芸術
木、キャンバス、その他資材に描かれた絵画の修復を行う。建物の内装に関わる装飾や、木製資材に描かれた絵画、建物の内装に関わる装飾、キャンバス画の3つのカテゴリーに焦点を当てている。
【II. コース説明 / 修士過程】
●2年教育。
コペンハーゲンのキャンパスで毎年9月にセメスター開始。授業はすべてデンマーク語。
●学際修士課程
大学院で学習するためには、修復に関する基本的な知識が必要。ここでいう基本的な知識とは、修復、保存、人文学、自然科学、芸術や工芸、修復に関する国際的な調査に基づく知識のことを指す。これらの知識に対して批判的な姿勢を持つこと、科学的問題と結びつけること、一般的な保護・修復の知識と合わせて科学的方法・機材を用いることが求められる。さらに、分析や解決のための新たな方法を考え抜くために適切な科学的方法を選択できるようになること、アカデミック・ペアと非専門家両方との協力を通して専門的な会話をできるようにすること、複雑で予期できない事態に関して新たな解決策を提示できるように、自ら取り組むことができるようになることを目標としている。卒業後は一人前の修復師として活動できるようにカリキュラムが組まれている。
【III. 外部協力】
外部組織とも協力して研究を進めている。外部組織には、私的・公的企業、高校等が含まれる。
●ENCoRE
ヨーロッパでの修復活動を行い、教師と学生に発展と協力を促す目的を持つ。現在38名のメンバーが在籍、29の団体とのネットワークを持つ。
●CATS
デンマーク国立博物館(National Museum of Denmark)とコペンハーゲン国立美術館(Danish National Gallery)の調査ネットワークを指す。技術的分析とアートヒストリーに基づいた研究を行う。
所感
以前金唐紙のワークショップに参加した際に、日本に比べてデンマークでは芸術修復に関して制度が充実して政府からの支援が多大であることに感銘を受け、今回の調査を行うに至った。調査を通して、修復に関して様々な分野に精通する専門家を育成する独立した教育機関が存在し、日々研究を行っていることがデンマークの修復分野に大きく貢献していることがわかった。さらに、学士過程と修士課程のカリキュラムを同じ機関で習得できその間の連携を考慮したカリキュラムが組まれているため、面倒な手続き等に時間を割くことなく研究に集中しやすい環境が整っている。日本では「修復師」という職業に関する認知度は低く、多くの教育機関で得られる知識も絵画を中心とした修復と、デンマークと比較して扱う分野も狭い。伝統美術の分野で後継者不足や高齢化が問題となる状況の中で、修復を通して古くからある美術品を保護し後世に受け継いでいくことが期待できるのではないかと考える。そのために、専門機関を設立して修復に関する認知度を高めるとともに、幅広い分野での専門家を育成することに力を入れるべきではないかと感じた。
参考文献
[1] https://kadk.dk/en/school-conservation (2017.12.08 Retrieved)
[2] https://mikata.shingaku.mynavi.jp/article/26145/ (2017.12.08 Retrieved)
[3] http://school.js88.com/catalog/naruniwa/guide?job=448 (2017.12.18 Retrieved)
[4] http://www.geidai.ac.jp/labs/hozon/ (2017.12.18 Retrieved)