とっておきのワンピースを選ぶときに頭に浮かぶのは誰の顔だろうか

「それとっても人気で、一昨日再入荷したのにもうラスト1点です」

新宿でのミーティング終わりにふらりと立ち寄ったLUMINEの2階。お気に入りのブランドの店頭に飾られた、グリーンのワンピースが目についた。”人気”と言われると、世の中に同じものを着ている人間が大量にいるのかと考えてしまう私はひねくれ者だろうか。

しかし、同時に”ラスト1点”という言葉に弱いのも事実。ワンピースを手に取り体に当ててみる。

「実際に着るとウエストがすごくきれいに見えるんですよ」

ウエスト部分に目を向けるとコルセットのようにボーン(ワイヤー)が入っており、肉感を拾わずなめらかなくびれシルエットができる設計になっている。さらに骨盤あたりから切り替えられた細かいプリーツと落ち感のある素材は、下半身をスラリと見せてくれそうだ。まさにデートにぴったりのお上品なワンピースといったところであろう。

「これ、試着お願いします」

こういう日に限って脱ぎ履きが死ぬほど面倒な靴を履いて来てしまう、間が悪い人間は私だけではないだろう。

靴との死闘を経てやっとワンピースに着替え、試着室を出るとスタッフさんがワンピースに合うパンプスを用意してくれていた。気が利くスタッフさんに感謝しながら大きな鏡の前に立つと、思わず声を挙げてしまった。

「かわいい……!」

椅子に座るとどこからか贅肉が集まってくる私の下腹と、細身のデニムがつっかえるお尻周りをしっかりとカバーし、いかにも”きれいなお姉さん”風に仕上がるワンピースに感激した。歩くたびにランダムに揺れるイレギュラーヘム(不規則なデザインの裾)は、男性の狩猟本能をくすぐるのだろうかなどとくだらないことを考える。

なにより平均よりも身長の低い私でもぴったりに着こなせるワンピースは珍しく、すぐに購入を決めた。こんなにかわいいワンピースを着てどこに行こうか。

そんなときに頭に浮かんだのは、数ヶ月前からデートを重ねている、29歳、最近パーマをかけた営業マンの彼であった。

「ちなみに、カラーは何色あるんでしたっけ?」

「グリーンの他に、チャコールブラウンと、ちょっと抑えたオレンジもあります」

他のカラーも持ってきてもらい、鏡に映してみる。どの色もすてきだが、彼は何色が好きだろうか。このときも私の頭には彼の顔が浮かんでいた。

「やっぱり最初にいいと思ったグリーンにします」

私の落ち着いた雰囲気に魅力を感じると言ってくれた彼の言葉を思い出したこともあり、それに1番合っていると思われる深いグリーンを選ぶことにした。

私は学生の頃から服が大好きで、服選びに関してはあまり他人に頼ることはない。しかし、恋をしているときは別らしい。服を手に取る度に彼の顔が頭に浮かび、彼はどんな服が好きだろうかと考えては胸の奥がときめく。

彼は、このワンピースを褒めてくれるだろうか。

笑顔のスタッフさんに見送られ、大きな紙袋を下げて店を出る。この瞬間の高揚した気持ちは何にも変えられない。たかが服だと思う人もいるだろう。しかし、服は私をさらに強くしてくれる。

来週のデートが、今から楽しみで仕方ない。

あなたがとっておきのワンピースを選ぶときに頭に浮かぶのは、誰の顔だろうか。


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