スナイダーカットは後出しだから面白くて当然とか文句言ってる人達へ贈る言葉
Twitterで時々見かける誤解へのアンサーです。
▼後出しなんだから面白くて当然?
ジョスティスリーグが2017年で、スナイダーカットが2021年なので、ザック・スナイダーの後出しであると誤解する人がいるのも仕方ありません。
でも実際は逆です。ワーナー・ブラザース(WB)はもともとザックが2017年3月までにCGと音楽を除き完成していたバージョン(A)を一度捨てて、2017年11月に別の監督がもう一度編集からやり直した別バージョン(B)を公開して、そこから約4年後の2021年3月にザックのオリジナルバージョン(A)を公開したのがスナイダーカットなのです。
よって結論としては、スナイダーカット(A)は後出しではありません。
4年前に出るべきだった映画を出しただけです。
スナイダーカットは最初から面白かったのです。(もちろん完成品を観ても面白いと思わない人には最初から面白くなかったでしょうけれど)
ここで複雑なのは、スナイダーカットでは2020年に大幅なVFX作業とわずかな追加撮影と全面的な音楽制作を実施したことです。このnoteではその辺りの細かい事情をまとめます。
●事実1:ザック離脱前に編集までは完了していた。
この写真はザックが2017年2月にソーシャルメディア(Vero)に投稿したものです。コメント欄には「Down at CO3 with Stefan」と書かれています。これは日本語では「ステファンと一緒にCO3で座りっぱなしだぜ」という意味です。
もう少し解説すると、Company 3という会社で、Stefan Sonnenfeldという人物と一緒に、ずっと作業している、という意味です。
ステファン・ソネンフェルドは米国の有名なDIカラーリストで、カンパニー・スリーの創設者でもあります。彼はハリウッドで多数の作品にクレジットされている超売れっ子です(IMDbでリストを確認できます)が、ザックとはWB時代に『300』『ウォッチメン』『サッカーパンチ』『マン・オブ・スティール』『ジャスティスの夜明け』でずっと一緒に仕事をしてきました。
DIカラーリストとは、簡単に言うと、デジタルデータで色調を調整する人です。先に紹介した写真でも左下にRGB3色の管理画面が見切れています。スナイダーカットはフィルム撮影だったので、まずはフィルムを《スキャン》してデジタルデータ化して、次に《編集》して1本の映画にまとめて、次にこの1本になった映画の《色調整》を施します。この時にDIカラーリストの出番となります。なお、ここでのDIとはdigital intermediateのことで直訳すると「デジタルの中間生成物」となります。
ところで、色調整を開始してから再度編集を行うと、作業が複雑になってミスが起こりやすくなり経費も膨らむので、一度編集を完了したら「ピクチャーロック」という扱いになり、それ以降にシーンの追加削除は一切行われません。
つまり、2月に色調整をしていたということは、それまでに撮影と編集が完了していた証明になるのです。
この時点でザックの編集版は214分あったことが本人のSNS発言から確認されています。そして最終的なスナイダーカットでもほぼそのまま使用されました。なのでザックが後出しジャンケンでシーンを大量に追加したという説は大嘘になります。最初から完成していたのが真実であり、この問題を論じるときのスタートラインです。
●事実2:終わってなかったのはVFX作業だけだった。
この写真はザックが2019年7月にソーシャルメディア(Vero)に投稿したものです。コメント欄には「Not sure how they killed Steppenwolf in the theatrical version of JL this was never finished all the way but I use Gods to kill Gods」と書かれています。これは日本語では「これはワイが仕上げられなかったステッペンウルフの殺し方やで。神殺しには神を使った。まあ劇場版は観てへんからどうやったのか知らんけども」という意味です。
2017年2月に色調整を終えて、VFX作業に移ったポストプロダクションでしたが、この時期にザック剥がしに躍起だったWBは、もともとザックのディレクションに反対(もっと短くするように要求;ステッペンウルフのデザイン変更を要求;など多数)していましたが、ちょうど3月にザックの20歳の愛娘が自殺してしまったことを理由にして、ザックの離脱を強引に進めます。家族の不幸を抱えながら会社と戦うのは無理だと判断したザックがWBからの離脱を正式に表明したのは5月でした。この決断により、スナイダーカットはVFX作業を中断してお蔵入りになりました。
そこから先は有名な話ですが、WBはマーベル映画で有名になったジョス・ウェドンを電撃的に連れてきて事実上の監督に任命し、スナイダーカットは捨てて、もう一度編集作業からやり直しました。ただし、全米監督協会の規定などから途中で監督のクレジット変更は出来ないという事情もあり、ザックの名前だけは残りました。本来は「監督の権利を守るための制度」なのですが、本件に限っては逆効果になったと言えるでしょう。有名作品では『ローグ・ワン』や『ボヘミアン・ラプソディ』でもプロダクション後半で別の人物が監督を務めた形になったが、クレジットはそのまま残されているのも同じ理由です。
もともと214分から120分に縮めるという会社目標もありましたが、編集して切り取るだけでは無理があるという理由(事実上の口実)でウェドンによる大幅な脚本変更と大量の追加撮影も実施され、当初の予定通り11月公開に向けて急ピッチでVFX作業と音楽作業が計画されて、難色を示した音楽担当者も変更されて、結果的には全く別物の120分の映画が完成しました。これを見分けやすくするため私は日頃から2017年公開版には『ジョスティス・リーグ』という表記を用いています。
果たして、ジョスティスリーグが世間にどのような評価を受けたのかは別の話なので、こちらの別記事に譲ります。
さて、閑話休題して。
スナイダーカットに話を戻しましょう。
2017年に批評と興行の両面において失敗したジョスティスリーグを受けて、ファンダムでスナイダーカットを求める声(#ReleaseTheSnyderCut)が発生しました。当初WBはすぐに収まると予測したかもしれませんが、運動は何年も続き、むしろ大きくなっていきました。
スナイダーカット運動が稀有だったのは、単純に「オリジナルバージョンが観たい」と声を上げるに止まらず、ハッシュタグをプリントしたTシャツを販売して上がった利益をAFSP(アメリカ自殺防止基金)への寄付に回したり、サンドイッチチェーンのサブウェイの食糧支援キャンペーンとコラボしたりなど、社会貢献に繋がる活動実績を作ったことです。スナイダーカット支持層は「ただのクレクレ野郎なツイ廃」ではなくて、自分たちには良識と金を落とす準備があるというアピールは効果的だったと思います。
もう一つ、奇遇だったのは、2020年に新型コロナウイルス感染症による世界的パンデミックが起きたことです。このため世界中の大手映画会社が新作を撮影できなくなり、他方でVFX作業を実施する下請け会社で給料の支払いを止めるわけにもいかなかったので、WBはこれらのVFX会社の労働力をムダなく使うために、VFX未完成だったスナイダーカットの制作再開と公開を決定しました。
着目すべきはその金額です。スナイダーカットのVFX仕上げのために計上された予算は当初3,000万ドル、最終的にはなんと7,000万ドルまで膨らみました。日本ならシン・ウルトラマン級の大型SF映画が15本以上作れる金額です。現代の技術でリアルに見えるCGを作るためには本来このくらい掛かるのは当然(逆に言えば日本映画の見た目がショボいのは当然)なのですが、それでも近年はマーベルを中心に低価格・低品質で抑えるのがトレンドなのでこれは異常事態です。
全ては、どうせ作るならザックが作りたかったビジョンで徹底しましょうという心意気から始まったものだと思います。これのおかげでスナイダーカットでは、ステッペンウルフのデザインが設計当初の怪物らしいルックスに戻されたり、ワンダーウーマンが退治するテロリストに流血が追加されたりなどしました。
なおジョスティスリーグの当初予算は2億7,500万ドルで、そこからウェドン監督による追加撮影で2,500万ドル上乗せされて、合計3億ドルになりました。これはスターウォーズやアベンジャーズやパイレーツオブカリビアンに次ぐ金額で、歴代トップ10に入っています。ウェドンが追加した2,500万ドルにはVFX費用が含まれないはずなので、相当量の追加撮影や監督報酬があったことが推測できます。
なお、ここにスナイダーカットを足して3億7,000万ドルにすると、史上4位になります。(1位フォースの覚醒4億5千万ドル;2位スカイウォーカーの夜明け4億2千万ドル;3位パイカリ生命の泉3億8千万ドル;4位スナイダーカット3億7千万ドル;5位エイジオブウルトロン3億6千万ドル;6位エンドゲーム3億6千万ドル)すごく莫大な予算ではありますが、他のビッグタイトルとも比べると、DCの全員集合映画という名目なら制作費としては案外妥当なラインということにもなりそうですね。
●事実3:最後のナイトメア場面は追加撮影だった。
この2枚の写真はザックが2020年11月にソーシャルメディア(Vero)に投稿したものです。コメント欄には「I Took this with Leica monochrome and zero optic rehoused 50 mm .95」と書かれています。これは日本語では「ライカにキャノンのドリームレンズつけて撮ったやで」くらいの意味です。翌年に映画が公開されてから判明したのですが、これがスナイダーカットの追加撮影の合間に撮った写真でした。
2017年2月で214分だったスナイダーカットは、2021年3月の公開時に241分になっています。この27分の差はなぜ生まれたのでしょうか?
答えは、エピローグのナイトメアとマーシャン・マンハンターの2つのシーンを追加したからです。
追加撮影であることはベン・アフレックの顔を見れば一目瞭然ですね。2020年のコロナ自粛期間に激痩せしたのでマスクはぶかぶかで、胸板や足もずいぶん細くなっています。2018年頃にはアルコール依存症の悪化や体重増加があったので劇的な変化でした。
映画をご覧になった方であれば納得していただけると思いますが、2021年に発表されたスナイダーカットのエピローグに含まれるこの2つのシーンは本当におまけみたいなもので、映画全体の中身や評価に大きな影響を与えるものではありません。少し長めの次回予告みたいなものです。
ここで思い出していただきたい例は『新劇場版ヱヴァンゲリオンQ』の予告です。この予告は制作予定のない《空白の14年》のダイジェストになっているとよく言われますが、スナイダーカットのナイトメアとマーシャンはそれと同じようなものです。
本来、2017年2月時点でのスナイダーカットは、最後にサイボーグの父親のテープ音声に合わせてヒーロー達の姿がモンタージュ的に描かれて、そのままエンドクレジットに突入し、ミッドクレジットにレックス・ルーサーの脱獄場面、そしてポストクレジットにデス・ストロークの登場場面だったと思われます。シーンの長さを考慮しても、その配置が一番妥当です。
しかし、2017年以降のDCEUの方針変更(ザック剥がし)を受けて、また2020年時点でもWBがスナイダーカットの続編を制作しない意向だったことから、ザックは多少強引にでもスナイダーカットで完結させるべく、エピローグに追加撮影を決行しました。
この事実を裏付けるものとして、映像のインタビューも残っています。該当部分の発言を日本語に翻訳して書き起こしてみます。
この発言からも分かりますね。当初ザックはスナイダーカットのために追加撮影する許可を会社から得ていなかったのです。つまり追加撮影で後出ししなくてもスナイダーカットは完成できたということです。
ここでの「こっそり撮影して入れてしまえ」と言ってるのはジョークなのか本気なのか分かりません。まあザックのように自宅の編集スタジオで作業できるなら、こっそり撮影も理論上は不可能じゃないですし、2017年には『Snow Steam Iron』を当時のiPhoneで撮影して短編映画を完成させた実績もありますからね。「やりたい」と考えてしまうのはクリエイターのサガというものでしょう。(昨年にお蔵入りが決定した『バットガール』でも監督コンビが会社サーバーからデータを抜き取ろうとしたけど無理だったと嘯いていましたよね)
それは流石にアカンやろとザックを諌めたデボラがプロデューサーとしても優秀すぎます。ここでは「家に入りきらないわよ」と笑い話にしてますが、本当の意図はWBとの契約違反にならないように配慮したものだと思われます。
●事実4:実は追加撮影だけして諦めたシーンがあった。
この写真はザックが2021年5月にソーシャルメディア(Vero)に投稿したものです。コメント欄には「Drive way productions」と書かれています。これは日本語では「ドライブウェイでの映画制作」という意味です。
実はグリーン・ランタン(ジョン・スチュワート)のシーンは、自宅にウェイン・T・カーを招集して勝手に撮影していたようです。これと同じことをベンとジャレッドにもさせようとしたのでしょうか。(笑)
なお被写体であるウェインも2021年10月に別アングルの写真をVeroに投稿しています。こちらにはザックらしき人物も写っています。
最終的にWBがIPの使用許可を出さなくてカットされましたが。まあ当たり前でしょうね。当初の予定と違うんだから。(笑)
これもインタビューでザックが明かした情報ですが、ザックは一時期WBがジョン・スチュワートの使用許可を出さなかったことで、スナイダーカットの公開自体を取り下げようかと悩んだそうです。
引用が多くなりましたが、要するに「グリーン・ランタンを追加撮影したけど、結局全て削除されたのでスナイダーカットでの後出しにはならなかった」ということです。ネットにはこういう複雑な話を上っ面だけ攫って勘違いしてる人が結構いるので、あえて書いておきました。
●事実5:マーシャンの場面は追加撮影だった。
この写真はザックが2019年10月にソーシャルメディア(Vero)に投稿したものです。コメント欄には「I was able to shoot all of it except For the Harry Lennix side it Was my intention to do that in LA」と書かれています。これは日本語では「僕は全て撮影できたよ。ハリー・レニックスの出演シーンを除いては。LAで撮影するつもりだったんだけどなあ」という意味です。
新キャラ登場のOKを貰えなかったザックは、なんとか既存キャラで上手くやりくりする必要があったので、すでに過去作に出演済みだったハリーのスワンウィック将軍ことマーシャン・マンハンターで代打させることにしました。こうしてラストシーンで寝起きのブルースを火星人が訪問するシーンが生まれました。
一方で、おそらく本編で唯一の追加撮影も発生しました。それがマーサがマーシャンに変身するシーンです。
この画像もザックが2019年10月にソーシャルメディア(Vero)に投稿したものです。コメント欄には「This is something That you probably Didn’t Know」と書かれています。これは日本語では「これはあなたがきっと知らない何かです」という意味です。
2017年に214分にまとめた時はザックはマーシャンのカメオ出演を撮影前にカットしていました。しかしエピローグにマーシャン・マンハンターを登場させることにしたので、一度見送ったこのシーンを復活させることにしました。
つまり「もともと本編では不要だから切っていたオマケを、エピローグ追加に合わせて微調整しただけ」だったと言えます。このシーンを挿入しておくことで、最後に登場したマーシャンの正体がスワンウィック将軍だと観客が分かるようになります。
●事実6:いくつかの追加撮影でザックはZoomで指示を出した。
追加撮影のいくつかでは、ザックはコロナ対策のために俳優と同じスタジオに入ることができず、リモートで指示を出しながら撮影したそうです。
あの頃は活動制限があり、世界的なスター俳優を集めて撮影するのは本当に大変でした。だからこそ、あまり複雑な動きやロングショットは不可能で、基本的に1人のキャラクターのバストショットが圧倒的に多いです。可能でしたら、スナイダーカットのエピローグだけ見直してください。複数人が同時に映っているショットが極端に少ないことが分かると思いますよ。ボディコンタクトに至っては一度もありません。
そうやってすごく厳しい条件下で無理矢理やるわけですから、スナイダーカットの中で追加撮影できた部分なんで、ほんの少ししかないのです。
逆に言えば、当時は新作映画の撮影がほぼ全て延期になり、前もってWBが契約していたVFX専門会社の手が余ってしまったからこそ、VFX未完成で止められていたスナイダーカットの作業が再開してリリースまでたどり着いたとも言えます。不幸に遭われた方も多くいらっしゃるので不謹慎な表現にはなりますが、当時パンデミックが起きたのは、スナイダーカットを完成させるという一面だけについて言えば、奇跡レベルでラッキーでした。
だって、ある天才監督が映画会社から圧力を掛けられて、愛娘の自殺をきっかけに会社を去り、会社が後釜に指名した別監督が史上最低なゴミ野郎で多数のハラスメント不祥事を起こしつつゴミみたいな映画に仕上げて、怒ったファンが天才監督のオリジナル版を見せろと数年かけて盛り上がり続けていたら、新型ウイルスの世界的パンデミックが起きる…だなんてドラマチックすぎて漫画でも書けませんよ。(笑)
●まとめ:
最後にまとめると…
ということで、事情をよく知らない人が「スナイダーカットは後出しだから面白くて当然だ」と言ってるのは、全くの見当はずれなコメントだと見なせます。スナイダーカットを好きな人は、2017年の時点であの長さだったし、当時からあの面白さだったので安心してください。
了。