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塾という「場」 6 ー生徒の「まるごと」に寄りそうー 視点の相対化

3-2 生徒の「まるごと」に寄りそう

「生活のなかに学びがある」「生徒のまるごとを引き受ける」という点について、さらに見ていきましょう。
 
キーワードは、
・視点の相対化
・物語的個人
・ネガティブ・ケイパビリティ
・対話
・ケア

です。
 
(i)視点を相対化する
生徒の存在、「まるごと」を引き受けるということは、そこに生徒の世界があるということを、まず、引き受けることです。
 
そして、「生活のなかに学びがある」ということは、言ってしまえば、生徒の世界を立体化していくということです。
世界は、生徒の視点を相対化していくこと、そして、異なる視点を重ね合わせていくことで立体化していきます。
 
単純に「立体化」という言葉には、平面から立体へ、なにか緩まった、スペースがある、少し自由に身動きがとれる、風が通る、といったイメージがあると思います。まさにそのイメージです。
 
私たちが接している生徒たちは、時に、悲しくなるほど息苦しい考えにとらわれていることがあります。何とかしてそれを打ち破る、乗り越える、迂回するというのが、同様に私たち大人にも課せられた「成長」というテーマではありますが、とりわけこの時期の生徒は常に大きな変化の渦に投げ込まれ、時には決断を迫られ、成長を求められ、多かれ少なかれ不安な日々を送っているといえるでしょう。
 
生徒の「まるごと」から生まれてくる困りごと、悩みごと、いらだちは、それまでの生徒の経験をもっては解決できそうもない、ということを暗示しています。
そこに、伴走者として、新たな視点を投げかけます。風穴をあけるのです。
 
ただし、単に投げるのではありません。
その視点の背景となっている人の気持ちやその気持ちが生まれてくる立場を想像し、その人の目線に寄り添ってみるように促します。
 
決してその視点を押しつけるのではありません。
あくまでも、ただ「投げる」のです。私自身も、自分の経験のリアリティを乗り越えて、視点を投げてみます。
これは冗談や世間話のなかででもじゅうぶんです。
 
こうして、異なる視点が新たに生徒の世界に紹介されると、彼らの言葉に少しばかりの「あいまいさ」が生まれてきます。答えを逡巡する時間が生まれてきます。多元的であいまいな生徒が生まれてきます。
生徒の視点が相対化し、世界が立体化されていく兆しです。
 
そして、生徒の世界に、「他者」というものが入り込む空間ができるのです。
                             (つづく)

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