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ミモザの候 5:「マニジュ」

父との面会を終えて、夜に高速バスで移動する。

ちょうど仕事で複数のプロジェクトを抱えている大変な時期とも重なって、睡眠時間も十分に確保できない状態が長く続いていた。私の肉体も精神も、心底くたくただった。

ただただ投げ込まれた状況のなかで精一杯水をかいでいるしかできないのが今の自分、そう思っていた。かといって投げやりになるのではなく、むしろ、濃密な時間にまるごとの自分をさらけだし、それぞれの状況に身を投げ込んでいた。

私には嘘も見栄も外聞も、そんなものはひとかけらもなかった。

あの頃すでに、父には最後の入院を予感させるできごとが起こりつつあったのだろう。

私は移動のバスの中で佐野元春さんの『MANIJU』を聴いていた。

「月が満ち欠けていく 遥かな時の中で いつだって孤独に いつだって震えている...」と、アルバムのラストトラックが静かに始まった。
「マニジュ」だ。

シンプルなメロディーにのせたリリックが、穏やかに広がっていく。

車窓から眺める夜の海、空には月、そして街の夜景。
いつもと変わらない、見慣れた景色だった。
それなのに、今、私は、こんなにも見慣れない景色の中にいる。

突然、涙があふれてきた。

涙は止まらなかった。

窓から夜空を見上げながら、私は、自分の心がそうするままに、涙を流させた。

海を渡る橋を越え車窓に街の景色が広がる頃、涙ですこし湿って疲れた私の身体に、「もう心配ないよ」というリリックが染み渡っていった。

2019年晩秋
2022年8月30日 記

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