塾という「場」 4 ー場としての塾をめぐってー 成果・結果・評価
(承前)
(ii)何を成果とし、学びの結果として評価するのか
生徒による塾での学びを考える上で、卒塾に際しての、「楽しかったです」「もう、だいじょうぶ」「これから頑張ります」といった彼らの言葉がヒントになるかもしれません。
ほとんどの生徒と高校卒業までの数年間一緒に勉強をしますが、受験前の半年あるいは1年間を集中して指導する生徒もいます。生徒も私も、いい時もそうでない時も、一緒に時を過ごします。お互いが、「まるごと」で対峙します。
生徒と対峙する時、生徒の家庭生活、学校生活、部活動での様子などは、生徒を通じてその向こうに見えてきます。生徒は生活の全てを背負って、まるごとで塾に通ってきます。まるごとを、まるごとのまま、受け止めることが重要になります。
この「まるごと」という点について、例をあげて、より詳しく述べていきましょう。
たとえば、週1回の英語の授業に通っている生徒がいます。その授業日の翌々日、彼は学校で英語のプレゼンをしなければならないことが数日前に決まってしまいました。このことは、英語の苦手な彼にとっては大ごとです。
さて、このような場合、彼は目下の「困りごと」、つまり、「明後日プレゼンをしなければならない」というプレッシャーを抱えて塾に来ています。私の指導者としての役割は、その「困りごと」を聞き出し、学習時間の最初に対応し、その日の授業の予定を臨機応変に組みなおすことです。そのために、予定していた学習が遅れたとしても、次回以降話し合って調整していきます。ほとんどの場合、とりわけまだ生徒との関係が浅い場合、生徒自ら「困りごと」をもちだすのは稀です。
きわめて大切なことは、それぞれの「困りごと」を授業の初めに確認することです。これは、「元気だった?」「なにか即対応しないといけないものある?」といった声かけのなかででてきます。
「困りごと」は学習面に限ったものではありません。体調不良の場合も同様です。体調不良の時には、まず、今日頑張って塾に来たことをほめます。そして、「体調不良の時には体調不良のときの仕方で勉強しよう」と声をかけその日の学習を組みます。
また、宿題についても同様です。「宿題ができなかった」というのは、生徒にとっては思いのほかプレッシャーとなるようです。したがって、部活の合宿がある、家庭で旅行の予定がある、といったことは積極的に聞き出し、宿題の範囲や量の調整をします。
個々の生徒との間で信頼関係を結んでいく、チームとして相談しながら学びをつくっていくということが、まるごとを受けとめる秘訣です。
むろん、学力がつくための、ノートのとり方や資料整理の仕方等々、具体的な方法はその生徒のタイミングに応じて伝えます。また、時宜にかなった必要な学習量は確保しなければなりません。
しかしながら、そうしていくうちに、少しずつ、小さなことが整い始めます。定期テストで得点として具体的に学力が出てくるころになると、自己肯定感もあがり始めます。次第に、試行錯誤を通じ自分なりの勉強方法を模索し始めます。こうして自学の歯車が回り始めます。
また、部活での人間関係や、学校の先生や友人たち、親との関係、趣味のこと等も話します。生徒は皆さん「お年頃」ですので、これらは「困りごと」の種となりうる大きな問題です。大人の理不尽に対して一緒に怒ることもあれば、大人の世界での考え方をかみ砕いて伝えることもあります。感情に押しつぶされそうになって混乱している生徒には、今やるべきこと、できることを整理して伝えます。
このように、生徒とまるごとで対峙していくと、不思議なことに、生徒もまるごとで私を受けとめてくれるようになります。私の体調がすぐれないときは少しの指示で自ら考えて動いてくれますし、手間のかかる解説を要するものは次回に回す配慮をしてくれたりもします。
これらを考え合わせると、生徒側が「何をもって成果とし、結果として評価するか」は、学力的なものや精神的なものといった個人の成長に寄与する要素がいくつか組み合わされているように思われます。
たとえ受験で第一志望校に受からなかったとしても、生徒自身が、それまでの時間を、受験勉強の過程にいた自分をどれだけ肯定できるのか、入学後の自分をどれだけ肯定していけるのか。
教育者として、その生徒のまるごとにどう寄り添っていくかが大きな鍵になるようです。