【デキる上司の十訓十戒012】何でもかんでも教えない ~自律型人財の育成~
部下の育成においてむずかしいのは、なんでもかんでも答えを教えてやればいいというものではない、ということです。もちろん、日常的な定型業務であれば、先輩格の部下にとっとと教えこませます。でなきゃ毎日の円滑な業務運営の妨げになりますからね。
しかし、非定型あるいはイレギュラーな業務や、顧客や取引先との折衝ごとなど、マニュアル化できないような仕事の進め方については、上司が一方的に指示や命令をしていたのでは、いつまでたっても部下は自立できません。ある程度、本人に考えさせる配慮が必要です。このことを指して、私は「教えるな育てるな!」と言っています。
「教育」というのは上司や教師が主語として座る言葉です。上の者が下のものを教えて育てる。主語が一人称であり、上司や教師が主役であり、部下や生徒は受け身なのです。でも、英語で「教育する」を表す単語Educate の語源は、「相手の良いところを引き出す」という意味です。ちょっと日本語の教育とは意味合いがちがうのです。
もしかしたら部下本人も自覚していない長所や強みをひっぱりだしてあげるためには、「教育」ではなく「学習」だと私は思います。「学習」であれば主語は二人称または三人称です。部下や生徒たちが、主体的に、みずから学び習うのです。教育から学習へ、人財育成のパラダイムシフトをしようと思ったら、上司が教えるのではなく、部下が学び習うことが不可欠です。
要は、答えをストレートに教えないということ。具体的には、部下に千思万考させるため、いろいろな角度から質問をしてやるのです。「?」がインプットされた部下たちは、答えを探すべくデータベースをフル回転させて考えることでしょう。そのプロセスが彼らに成長の階段を上らせるのです。そして、ついに答えなり、問題解決のヒントなりを手繰り寄せてきたとしたら、そこですぐに採点するのではなく、さらに深化させる。深く掘り下げるために、また質問を投げかけてやるわけです。
人間というのは、他人からどんなに気の利いたことを言われても、肝心の自分自身のこころで「そうだ、そのとおりだ」と思わない限り、なかなか本気で実行に移すことができないものです。結局、答えは本人のなかにしかないからです。
その昔、古代ギリシャの街では、哲学者たちが市民の悩みを解決するために説法をして回っていました。先駆者であるソクラテスは、とにもかくにも質問をした。あらゆる角度から、あれやこれやと質問をした。今日では、クエスチョンマークがインプットされると、人間というのは自動的にこころのデータベースを検索し始めることがわかっています。答えに引っかからない場合もあるから、そのときは、またちょっとちがう角度から別の質問を投げかけるのです。偉大なる哲人ソクラテスは、その先駆であったと言えるでしょう。質問とは、悩める人の胸の奥底に潜む、問題解決のカギを引き出す善なる覚醒剤。これが「ソクラテスの産婆術」と言われる所以です。
現代では、コンサルティングに従事する人たちがこれを継承しています。コンサルタントの仕事は、問題解決するための答えを教えることではありません。彼らはクライアントと同じ実業をやったことがありませんから、そもそも教えられるわけもないのです。だから彼らは、経営者に対して多角的に質問を投げかけます。そのために、データを集めていろいろな角度から整理します。それを見てもらいながら、コンサルタントが立てた仮説を伝えるとともに、それを見たクライアントが感じたことを言ってもらうのです。つまり、データ整理と質問がコンサルティングの本質であり、これの対価として結構な金額を手にしているということになります。
そもそも、上司というのは部下よりも場数を踏んでいますから、経験則やノウハウをついつい教えてあげたくなるものです。忙しくてじっくりと腰を据えて話を聞いてやれないという事情もあるでしょう。だから早く答えを教えてあげたほうが楽かもしれません。しかし、本当の意味で部下を育て、自立させようと持ったら、安直に答えを教えるというのは考え物です。それよりも、部下自身に考えさせ、気づかせるために、さまざまな角度から質問を投げてやることです。人を育てるというのは、かくもむずかしいものなのです。
時として、どうしても部下の発想が貧困で光が射してこない場合に限って、上司であるあなたが助け船を出します。それが先述の独白です。参考になりそうなエピソードを語った後で、それについて部下がどう感じるかを訊けばいいのです。こうした機会を若手時代に積み重ねることで、本当の意味で自律した人材が育つと思っています。長い目で見たら、やはり自分で考え、行動に移せるような部下を擁する部隊は強いですからね。
ちなみに、自立と自律は明確に異なります。ついでに、「依存型社員」・「自立型社員」・「自律型社員」のちがいを記しておきましょう。人財育成には3つのモデルがあるとされています。
★依存型(新入社員~3年目くらい): 4+3=□
定型業務をいかにまちがいなく迅速にこなすかが評価基準。
★自立型(3年目~5年目くらい): ○+△=7
目的を示し、そこまでの道筋をつける。問題解決や生産性が評価基準。
★自律型(リーダー格以上): ○+△=□
みずからゴールを設定し実現する。企画力と創造性、セルフスタートが評価基準。
まずは『依存モデル』。これは「5+3=○」と表されるものです。現在地を示し、道筋を教える。そうして、さぁ、どうなるかな? と質問する…。そんな指導法です。これは入社1年目から、せいぜい3年目くらいまでの経験の浅い部下に対して有効なモデルです。
これが3年目から5年目くらいになると『自立モデル』にシフトしていかなければいけません。これは、「□+△=8」と表され、ゴールだけを示し、現状分析と対処法については本人に考えさせるという指導法です。与えられた目標に到達するためにはどうすればいいのか。最短で結果を出すにはどの道を選んだらいいのか。ここを創意工夫させるのです。
ひとつの組織に5年も勤めれば、今の時代ではリーダー予備軍と言ってもいいでしょう。こういう階層の部下には、さらに上が求められます。それが『自律モデル』です。これは「□+△=○」と表されるもので、要するに、ぜんぶで決めて実行しなさいよ、という意味です。組織や業務の現状を見据えて、どこを目指していくべきか。そのゴールもみずから設定し、そこに辿りつくための道筋も自分で考えなさいということ。
こういった自律型社員がどれくらいいるかが、組織全体のパフォーマンスの浮沈を握っているのだと思います。こういった部下こそが真の人財であり、真の人財を育てるためには、真の上司の存在が不可欠です。都銀や総合商社の人事部門の話を聞くと、いまの時代は、この自律型社員を以下に束ねるかが企業経営の浮沈を握っているというのが共通認識だと言えるでしょう。
ちなみに、パレートの法則(2:8の法則)を当てはめれば、どこの組織であっても、優れた2割の「人材」が8割の業績を作っています。8割の「人在」(居るだけの人)を食べさせてあげていると言ってもいいかもしれません。また、2割の人材のうちの一部が「人財」とされ組織のコアに当る人たちです。逆に、8割の「人在」のうちの一部は「人罪(いるだけで迷惑をかけるひと)」となるでしょうか。いや、ちょっと厳しすぎるかもしれないので書き直します。自分の組織に10人のメンバーがいたとします。その時、2人が人財、3人が人材、4人が人在、1人が人罪。これくらいのバランスが平均的ではないでしょうか。
これが多くの組織を見てきた私の実感でもあります。