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パリ生まれの特別な日のケーキ

パリの中心街、ルーブル美術館に接するリボリ通り(rue de rivoli)に並行して超高級ブランド店が立ち並ぶサントノレ通り(rue Saint-Honoré)がある。「サントノレ(Saint-Honoré)」とは、フランス北部アミアン(Amiens)出身の聖人「聖オノレ(ラテン語:聖ホノリウス Honorius)」のこと。高級商店街の代名詞だが、パリでは生クリーム(クレーム・シャンティイ Crème Chantilly)たっぷりの高級ケーキの名でもある。

名前の由来は、 1840年頃にこのケーキを考案したパティシエ、シブーストChiboust 弟子のA.ジュリアン説もあり)の店がサントノレ通りにあったことから命名された。

高級なケーキなので、パリでは週末などに来客があるときなど、特別な時に食べる。毎日、パリのどこのケーキ屋でも売っているケーキではない。

パリのマドレーヌ大聖堂近くのマカロンで有名な「ラデュレ(Laduree)」では、入手可能な日も多い。ラデュレは高級ケーキ店だが、ティー・サロンも隣接しているので、サロンで食べることも可能なので有難い。

毎日ではないが、サントノレ通りの高級ホテル、マンダリン・オリエンタル・パリ(Mandarin Oriental Paris)のティー・ルームなどでもパティシエ・オリジナルの「サントノレ」がある。

聖オノレはパン職人の守護聖人なので、聖人の記念日5月16日前後の10日間、パリのノートルダム大聖堂に近い広場に大きな仮設テントが立てられ、パン職人のフランス大会最終選考会が開催される。
フランス各地の予選を勝ち抜いてきた21人の職人たちの中から、6人が決勝となる最終審査に残り、5月16日の最終コンクールで腕を競う。
最優秀バゲット、クロワッサンに選ばれると、1年間、サントノレ通りにある大統領府(エリゼ宮 Palais de l'Élysée)で食卓にのぼる栄誉に浴する。

評価の基準は、見た目、香り、パリパリ感のあるパンの表面、柔らかい部分の色、噛み心地・食感、味わいなどの6ポイント。さらに多少の差異は認められるものの長さ、重さにも規定があり、塩の割合や化学添加物禁止などの厳しい条件もある。

シュークリーム生地にパール・シュガーをまぶした「シューケット(Chouquette)

広さ1200平方メートル、世界最大の仮設テントには、パン焼き窯が6室、オーブンが13室も設置され、100人以上のパン職人が毎日3000本、期間中総計3万本のバケットを焼いている。

パリ市内の子どもたちも課外授業で会場を訪れ、パンの作り方などを学んでいた。


聖人録

聖ホノリウス

Saint Honorius

聖ホノリウスは、500年ごろフランス北部アミアン近郊のポール・ル・グラン(Port-le-Grand)に貴族の息子として生まれた。
幼い頃から熱心にキリスト教を信奉していたと言われるが、その生涯の詳細は分かっていない。
6世紀半ばアミアンの司教に任命されたが、ホノリウスが拒否したところ神の光が射し、ホノリウスは不思議な聖油を受けて司教に任命されたという。
600年頃、故郷で帰天し、その遺体は故郷で600年5月16日に埋葬された。
9世紀に始まった北欧からの異民族の侵入で、聖遺物(遺体)が略奪される危険性があったので、聖遺物はアミアンに移葬された。
11世紀の伝説によれば、フランス北部で旱魃(かんばつ)のために農民たちが苦しんでいた時に、聖ホノリウスの聖遺物をもって雨乞い祈願をしたところ、雨が降り、小麦も枯れることなく収穫された。そのことから聖ホノリウスは、小麦栽培農家、パン職人、菓子職人の守護聖人となった。
パリのサントノレ通りの名前は、13世紀にパリでパン屋を営んでいた夫妻が、現在のサントノレ通りに通じるパリ郊外の門外に、聖ホノリウスに献堂された教会を建てたことに由来する。
サントノレ通りの中ほどにある「聖ロッホ(Roch)教会」の正面に聖ホノリウスの像がある。

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