浅慮軽薄と軽んじていた相手の言動が、実は自分よりも遙かに広い知識と深い洞察に基づき慎重に選び抜かれたものであったと知ったときの、紅顔絶頂まで高まりまさしく顔から炎が吹き出すようなあの恥辱、悔悟、情けない、みっともない、周囲の人間の態度全てが嘲笑に見えるようなあの感覚は、どうやら幾年経とうが消えることはないようだ。
そのような状況は何度でも起きる、自と他とを問わず。忘れかけはしてもきっと思い出す。思い出すというよりも再確認する。むしろ最新の素材と最新の塗料と最新の技術をもって、よりグレードアップして再生産される。記録は記憶の風化を許してはくれない。形の無いものは形を無くすことが出来ない。
物体を最高度に磨き上げると鏡面となるように、洗練された言葉は自身と世界を映す。