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【随想】宮沢賢治『狼森と笊森、盗森』

 そこで四人の男たちは、てんでにすきな方へ向いて、声を揃えて叫びました。
「ここへ畑起してもいいかあ。」
「いいぞお。」森が一斉にこたえました。
 みんなは又叫びました。
「ここに家建ててもいいかあ。」
「ようし。」森は一ぺんにこたえました。
 みんなはまた声をそろえてたずねました。
「ここで火たいてもいいかあ。」
「いいぞお。」森は一ぺんにこたえました。
 みんなはまた叫びました。
「すこし木貰ってもいいかあ。」
「ようし。」森は一斉にこたえました。
 男たちはよろこんで手をたたき、さっきから顔色を変えて、しんとして居た女やこどもらは、にわかにはしゃぎだして、子供らはうれしまぎれに喧嘩をしたり、女たちはその子をぽかぽか撲ったりしました。

宮沢賢治『狼森と笊森、盗森』(童話集『注文の多い料理店』)新潮社,1990

 かつて人間は自然の中に住み、その一部として、一成員として、正面から向き合い、語り合い、助け合い、共に暮らし、溶け合っていた。自然は支配者でも支配する対象でもなく、全くの対等だった。むしろ同一であった。比喩ではなく、本当に自然と会話していた。それは現代の人間が人間以外の生物に対して抱くイメージそのものである。人間はいつしか人間と自然を別個の存在として切り離してしまった。神の解釈をどんどん人間に近付くように変更し、自分の理解が及ぶ程度の範囲に縮小し、宇宙という閉じられた概念で囲い込み、世界を固定した。そして失った、他ならぬその世界を。

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Junigatsu Yota
素晴らしいことです素晴らしいことです

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