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【随想】太宰治『家庭の幸福』

 家庭の幸福。家庭の平和。
 人生最高の栄冠。

太宰治『家庭の幸福』(短編集『ヴィヨンの妻』)新潮社,1950

けれども、私にこの小説を思いつかせたものは、かの役人のヘラヘラ笑いである。あのヘラヘラ笑いの拠って来る根元は何か。所謂「官僚の悪」の地軸は何か。所謂「官僚的」という気風の風洞は何か。私は、それをたどって行き、家庭のエゴイズム、とでもいうべき陰鬱な観念に突き当り、そうして、とうとう、次のような、おそろしい結論を得たのである。
 曰く、家庭の幸福は諸悪の本。

同上

 現代社会において、個人を拡大した意味での「家庭」とは絶対的な最優先事項である。如何なる敵も退ける黄金の無敵戦艦、最強の言い訳である。これさえあれば何をされても何を言われても揺るがない。これの為なら社会を敵に回すことさえ許される。
 家庭に己の自信を完全に依拠する者は、逆に言えばそれが無ければ生きる意味を見出せない者でもある。家庭が価値観の源泉であり、己はその付属、湧水に揉まれ浮き沈みを繰り返す落ち葉である。
 人は一人で生まれてくるのに、いつの間にやら他者と重なり、突起に引っ掛かり、或いは網に絡め取られ、その足を萎え腐らせていく。

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Junigatsu Yota
素晴らしいことです素晴らしいことです

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