
【随想】宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』
それから一月ばかりたって、森じゅうの栗の木に網がかかってしまいますと、てぐす飼いの男は、こんどは粟のようなものがいっぱいついた板きれを、どの木にも五六枚ずつ吊させました。そのうちに木は芽を出して森はまっ青になりました。すると、樹につるした板きれから、たくさんの小さな青じろい虫が、糸をつたわって列になって枝へ這いあがって行きました。ブドリたちはこんどは毎日薪とりをさせられました。その薪が、家のまわりに小山のように積み重なり、栗の木が青じろい紐のかたちの花を枝いちめんにつけるころになりますと、あの板から這いあがって行った虫も、ちょうど栗の花のような色とかたちになりました。そして森じゅうの栗の葉は、まるで形もなくその虫に食い荒らされてしまいました。それから間もなく虫は、大きな黄いろな繭を、網の目ごとにかけはじめました。
それからブドリは、毎日毎日沼ばたけへ入って馬を使って泥を搔き廻しました。一日ごとに桃いろのカードも緑のカードもだんだん潰されて、泥沼に変るのでした。馬はたびたびぴしゃっと泥水をはねあげて、みんなの顔へ打ちつけました。一つの沼ばたけがすめばすぐ次の沼ばたけへ入るのでした。一日がとても永くて、しまいには歩いているのかどうかわからなくなったり、泥が飴のような、水がスープのような気がしたりするのでした。風が何べんも吹いて来て近くの泥水に魚の鱗のような波をたて、遠くの水をブリキいろにして行きました。そらでは、毎日甘くすっぱいような雲が、ゆっくりゆっくりながれていて、それがじつにうらやましそうに見えました。
その室の右手の壁いっぱいに、イーハトーブ全体の地図が、美しく色どった巨きな模型に作ってあって、鉄道も町も川も野原もみんな一目でわかるようになって居り、そのまん中を走るせぼねのような山脈と、海岸に沿って縁をとったようになっている山脈、またそれから枝を出して海の中に点々の島をつくっている一列の山山には、みんな赤や橙や黄のあかりがついていて、それが代る代る色が変ったりジーと蝉のように鳴ったり、数字が現れたり消えたりしているのです。下の壁に添った棚には、黒いタイプライターのようなものが三列に百でもきかないくらい並んで、みんなしずかに動いたり鳴ったりしているのでした。
「さあ電線は届いたぞ。ブドリ君、始めるよ。」老技師はスイッチを入れました。ブドリたちは、天幕の外に出て、サンムトリの中腹を見つめました。野原には、白百合がいちめん咲き、その向うにサンムトリが青くひっそり立っていました。
俄かにサンムトリの左の裾がぐらぐらっとゆれまっ黒なけむりがぱっと立ったと思うとまっすぐに天にのぼって行って、おかしなきのこの形になり、その足もとから黄金色の熔岩がきらきら流れ出して、見るまにずうっと扇形にひろがりながら海へ入りました。と思うと地面は烈しくぐらぐらゆれ、百合の花もいちめんゆれ、それからごうっというような大きな音が、みんなを倒すくらい強くやってきました。それから風がどうっと吹いて行きました。
「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」
「それはできるだろう。けれども、その仕事に行ったもののうち、最後の一人はどうしても遁げられないのでね。」
「先生、私にそれをやらしてください。どうか先生からペンネン先生へお許しの出るようお詞を下さい。」
「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事に代れるものはそうはない。」
「私のようなものは、これから沢山できます。私よりもっともっと何でもできる人が、私よりもっと立派に美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」
歴史のある寺社仏閣などでは数十年、長いと数百年に一度という割合で全面的な建て替えを行う。巨大な木造建築には当然巨大な木材が必要となるが、当該寺社はその原木となる木を数十年後或いは数百年後を見越して育てている。自分の世代に使用することはない木を、自身の目でその活躍を見ることはないと分かっている木を、未来の世代の為に育てている。
普通「人生」と云う言葉はある人間単体が生まれてから死ぬまでの一生を指すが、実は人生とはそういうものではない。その人が生まれるはるか以前から人生は始まっているし、その人が死んだ後はるか先まで人生は続く。それは肉体の有無ではなく、認識の有無でもない。遺伝子は個人の肉体や生死とは関係なく時間という波に乗り、誰も知らないどこかへ向かって進み続けているのだ。この遺伝子とは家族だとか人類だとかそんな小さな領域の話ではなく、この星の生命全てと繋がる謂わば一つの意志である。ただひたすらに、より長く、より遠く、より先の未来へと到達しようとする意志である。あらゆる生命はこの意志に突き動かされて生きている。人が自ら死を選ぶ時、そこには必ず未来への希望がある。現状に対する絶望も未来への希望なのである。”未来がある”。何の根拠もないけれど、どんな理屈も敵わない絶対的信頼、これがなければ人は生きられないし、死を選ぶこともできない。
いいなと思ったら応援しよう!
