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【随想】太宰治『メリイクリスマス』
その若い主人は、江戸っ子らしく見えた。ばたばたと威勢よく七輪をあおぐ。
「お皿を、三人、べつべつにしてくれ。」
「へえ。もうひとかたは? あとで?」
「三人いるじゃないか。」私は笑わずに言った。
「へ?」
「このひとと、僕とのあいだに、もうひとり、心配そうな顔をしたべっぴんさんが、いるじゃねえか。」こんどは私も少し笑って言った。
若い主人は、私の言葉を何と解したのか、
「や、かなわねえ。」
と言って笑い、鉢巻の結び目のところあたりへ片手をやった。
いる、と思えばいるのだ。いない、と思ってもいることはあるけれど、いる、と思っているのにいないことはないのだ。何もかもが夢であり何一つ真実など無い。真実と夢の違いなど無い。
あくまでも独り。いや、独りだと思っている自分でさえ集合体、たまたま一つの意志を持っているかのように見えるだけ。自分とは、結局、不在。
世界らしきものがある、そういう風に見ればそう見える。生も死も集合と離散の偶然。この世には意味など何も無い。
そう思えばそうだというだけ。
誕生日おめでとう。始まりが終わって、終わりが始まった日。
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