【随想】太宰治『皮膚と心』
ほんの些細な不快感が際限無く肥大していく。忘れよう無視しようとする程にいよいよ存在感を増していく。自分しか覚えていないであろう過去の失態、自分さえ忘れてしまえば永遠にこの世から消え去ってしまう筈の記憶が、ふとした拍子で何度でも蘇ってくる、そんな苛立ちによく似ている。こいつを片付けたい、こいつが居なくならないと先には進めない、頭の片隅に居続けてずっと小さな邪魔をしてくる。脳内に居る己のアバターに機関銃を持たせて邪魔者を蜂の巣にしてみる、ダメだ、残骸がまだ残っている。ロードローラーで轢き潰し、ペラペラになったそいつを脳外に放り投げる。これでどうだ、ダメだ、ヒラリと舞い戻ってくる。刀で切り刻む、細切れになったそいつを犬に食わせる。ダメだ、犬も食わない。自由に記憶出来るより自由に忘却出来る方がどれだけいいか。覚えておきたい事よりも忘れてしまいたい事の方がずっと多い。知りたい事よりも知りたくない事の方がはるかに多い。生きるほどに苦しくなるのなら、この人生は一体何なんだ。生まれて来た、唯それだけで罪なのか。シンプルになりたい。
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