【随想】太宰治『作家の手帖』
素直に、真面目に、真摯に生きて、社会に貢献している人間を心から尊敬する。他人と共生している人間を尊敬する。見た目が冴えなくてもいい。不細工でもいい。結婚などしていなくてもいい。子供などいなくてもいい。間違うことがあってもいい。多少は嘘を付いていてもいい。卑怯なところがあってもいい。人の見ていない所ではだらしなくてもいい。人に知られたくない趣味があってもいい。安物が好きでもいい。味が分からなくてもいい。物の価値が分からなくてもいい。低俗な番組を見て笑っていてもいい。能力などどうでもいい。収入などどうでもいい。唯社会の一員としてそれなりに機能している人間を、みんな尊敬する。仕事をして、多少なりとも他人の役に立っている人間を、本気で尊敬する。そういう人は、必ず幾許かは歴史を紡いでいるのだから、尊敬する、尊敬しなければならない。これは皮肉ではない。決して馬鹿にしているのではない。他人を馬鹿に出来る訳がない。自分には何も出来ないのだから、何もかもが足りないのだから、欠けているどころか何も無いのだから、全く無用の存在なのだから、この宇宙や星や社会に何一つとして貢献していないのだから、ただ無意味に資源を消費しているだけなのだから。だからそうでない人を尊敬する。
否定する。否定する。己をとにかく否定する。否定しなければならない。この狂った出来損ないの生物を否定しなければならない。ほんの少しでも譲歩してはならない。こんな失敗作を認めてはならない。肯定など、嘘だ、卑怯だ、誤魔化しだ。認めてはならない。認めたら、もう、本当に終わりだ。
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