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【随想】太宰治『十二月八日』

 十二月八日。早朝、蒲団の中で、朝の仕度に気がせきながら、園子(今年六月生れの女児)に乳をやっていると、どこかのラジオが、はっきり聞えて来た。
「大本営陸海軍部発表。帝国陸海軍は今八日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり。」
 しめ切った雨戸のすきまから、まっくらな私の部屋に、光のさし込むように強くあざやかに聞えた。二度、朗々と繰り返した。それを、じっと聞いているうちに、私の人間は変ってしまった。強い光線を受けて、からだが透明になるような感じ。あるいは、聖霊の息吹きを受けて、つめたい花びらをいちまい胸の中に宿したような気持ち。日本も、けさから、ちがう日本になったのだ。

太宰治『十二月八日』(短編集『ろまん燈籠』)新潮社,1983

 破壊は絶望だ。だがその先に新しい希望が見えるから、妙に心を昂ぶらせる魅力がある。台風の赤焼けに終末の興奮を覚える。徒な否定はよせ。駄目だ駄目だと言っているだけではそこから何も得られない。どうせそれは必ずあるのだから、無駄にするのは勿体ない。細胞は常に入れ替わる。変身欲を人と切り離すことは出来ない。テセウスの船など問題ではない、変わることは生命の本質だ。創造は破壊と共にある。真理とは倫理や道徳を超えたものである。価値観が入り込む余地など無い。やれとは言わない。諦めろとも言わない。ただ目を背けてはならない。終わるまで、終わらないのだから。

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