月ノ美兎は「バ美肉」に繋がる「受肉」をいつ言い放ったのか?
今回の記事では、6年半もの過去のVTuberコミュニティにおいての事実関係を検証している。ちなみにこのTweetは、それで得られた「結論」を先にお見せしているものだ。
Wikipedia記事「バ美肉」の記述の検討
調査を始めた切っ掛けは、一昨日に、にじさんじ所属のVTuber・月ノ美兎に関するWikipediaの記述を目にしたことにあった。
それはバ美肉の元の表記である「バーチャル美少女受肉」でいう「受肉」の由来が書かれた部分であって、初3Dモデル配信における彼女の発言こそがそうだとしている。
ぼくがまず読んで思ったのは、「受肉」を「バーチャル美少女受肉」の由来に結び付けるなら、参照するソースが不足しているのではないか、ということだった。
なぜなら、2018年当時の月ノ美兎の配信を追っていた人なら記憶していると思われるが、彼女の人気企画「月ノ美兎の放課後ラジオ」で竹花ノートをゲストに招いた第7回のなかで、「バ美肉の受肉の起源はわたくしが名乗っていいのかな?」とリスナーに問い掛けつつ、黎明期にバ美肉を始めたクリエイターらの一員であった竹花から同意する言質を得ていたからだ。
この問い掛けがなぜ重要かというと、月ノ美兎本人も言っているように「受肉」とは「新たに与えられた3Dモデルの中に入ること」を意味していて、元から2Dモデルで活動していたにじさんじのメンバー内ではその意味で通じていたはずなのだ。
それがこのWikipedia記事にもあるように、「絵や3Dモデルを手に入れること」……つまり「2Dモデルや立ち絵から活動を始めること」をも含めた広い範囲で「受肉」が用いられるのなら、にじさんじの外部で用法の変化というものが生じていたことになる。
実際、竹花ノートや、それ以前にバ美肉を達成していたクリエイターたちのほとんどが2DからVTuberデビューをしていたわけで、彼らが「月ノ美兎の言葉に由来している」と認知することは、(厳密には意味が異なっていた)両者を結び付けようとするなら肝心な結節点となるはずなのだ。
参照文献の検討
さて、続けての感想として、「『月ノ美兎の放課後ニコ生放送局』において、自身の3Dモデルを初めて手に入れた時の発言に由来する」と書かれた内容は妥当なのだろうか? と思い、詳しく調べてみることにした。
まず、少なくともこの記事では「放課後ラジオ」の掛け合いを参照することなく「由来する」と言い切ってしまっているからだ。
そこで確かめてみるべきは、根拠として参照されている記事の内容であろうが、実はその中身で「月ノ美兎の発言が由来である」とは一言も書かれていなかった。
これは明確に誤った引用の仕方をしていると思われるので、なるべく速やかな修正が望ましいだろう。
その記事の、該当すると思われる箇所ではこう書かれている。
そしてこの記述にもまた、不自然な点を見付けることとなった。
というのも、月ノ美兎が初めて3Dモデルをお披露目したのは、Wikipediaの「バ美肉」記事がリンクしているように、2018年4月7日のニコニコ生放送だった。だが、ここでは「2018年4月にclusterで行なったイベント」と書かれている。
しかもその上で、この文章の下に埋め込まれているYouTubeのアーカイブは4月でもなく、なんと5月19日に行われた配信なのだ。
ちなみに月ノ美兎のチャンネルにアーカイブがないだけで、4月中にcluster.でイベントを行っていたこと自体は、いちから(当時)のプレスリリースから確かめられる。
確かに、4/28にも5/19にもサムネイルには「3Dモデルお披露目!」と書かれている。ただし、ニコ生→cluster.→YouTube Liveと、それぞれ配信プラットフォームが移動していることを前提にした「お披露目」だったのかもしれないのだ(その後のVTuber業界でも、リアルイベントの会場などで3Dモデルを初披露した後日、自身のチャンネルで改めて「3Dお披露目配信」の枠を立てることは珍しくない)。
と、考えていくと「初の3Dモデルお披露目イベントで彼女が放った言葉が「受肉した」であった」とするこの文章は、一体いつのお披露目を指してそう書かれたのだろうか? それを確認してみなければ、自分としても信頼できるソースを見付けることができない。
月ノ美兎は「受肉」をいつ言い放ったか
そろそろ、表題に繋がる真相に近付いてきた。
改めて、結論から先に述べよう。
ニコ生のタイムシフトを視聴して、当時のリアルタイムの反響も確かめたかぎり、月ノ美兎が初3D配信内で「受肉」と発言したことはない。
(「もしかしたら言ってるのを聞き逃してるだけかも……?」と不安になる気持ちはあるものの、たぶんない、……ので気付けた人がいればこっそりタレコミしてください。)
だが翌日の4月8日の夜、ファンメイドの3Dモデルを作成してくれたモデラーに感謝を伝えるTweetで、「まさか本当に受肉できるとは思っておりませんでした…」と発信している。
おそらくは、これが最も古く遡れる、月ノ美兎による「受肉」の発言だと思われる。
だが、なぜ「初3D配信において発言した」という誤認が起きていたのだろうか。そこには、ある種の伝言ゲームが働いていたと思われる。そのことも検証してみよう。
まずは何より、月ノ美兎が生放送中に言い放って視聴者に強く印象付けたのは「肉の器」という言葉だった。放送が始まって、おおよそ1時間後や、1時間40分を過ぎたタイミングで出てくる発言だ。
そしてその発言前から、リアルタイムで「受肉」と実況コメントを残している視聴者たちが実はいた。開始40分、50分頃にそうした投稿が発見できる。
一方で、「肉の器」発言とほぼ同時刻(8時59分)と思われるコメントも見付かる。
この「笑った」というのも、放送そのものよりは、「ニコニコのコメントに受肉と書いてあって笑った」という可能性が高いと思われる。
↓動画の終わり際、「肉の器」コメに混ざって黒板に映り込む「受肉www」コメに注目
つまり、「3Dの体を手に入れる=受肉」という比喩はごく一部(?)のファンが勝手に思い付いていたネタでもあり、本人の「肉の器」発言とのシナジーの良さから、連鎖的に活性化したパワーワードだったのだろう。
生放送が終わったタイミング(放送は午後8時から1時間50分ほどで終了)で投稿されていた感想も取り上げてみよう。無論、これらも、翌日に月ノ美兎が「受肉」の投稿をする前に流れていたものだ。
意図的に、宗教用語としての受肉(Incarnation)とは全く違う意味での用法を作り出そうとするファンがすでに現れているのも面白い。
もっとも、月ノ美兎自身がこうした実況コメントを目にできていたかどうか、は定かではない(放送後の夜中に「受肉おめでとう!」と本人にリプライしたファンが探せばいたりはするが)。
そもそも、リスナーのほとんどは「肉の器」の発言は記憶していても、「受肉」が実況コメントで盛り上がっていたとは感じていなかったのも確かかもしれない。
そのため、月ノ美兎のTweetに「受肉とか肉の器とか言葉選びのセンス本当にすげえな」というリプライを送っている者もいたし、「月ノ美兎が受肉という言葉を選んだセンスそのもの」は当時、相応のインパクトを与えていたと記憶している。
そうした投稿内容がバ美肉の実践者たちへと届くまで、月ノ美兎の発信力が大きかったというのも、間違いのない功績だったと言える。
また、配信者たるもの、仮にコメントを拾って生まれた言葉だとしても「ファンのコメントはそれを見出すことのできた配信者のもの」と言い張ってしまって構わないのが、配信者界の常でもあるのだ。
余談:受肉といえばFateか、ベルセルクか?
ところで、「3D化を受肉に喩える発想」なんてのはどこから来たものだろう? 最後にそういう余談(サブカル雑学)を付け加えてシメておきたい。
受肉とは、VTuber界で用いられる以前から、ファンタジー作品や、異能バトル作品で便利に使われてきた言葉ではあった。
今では『呪術廻戦』のイメージが強い人も増えていそうだが、連載開始はなんと2018年3月5日! と非常に近い。しかも、第1話から「受肉」が作中用語として登場しているのだ。
とは言え、当時の「ジャンプの新連載」のセリフがどのくらいネット民の印象に残っていたかというと微妙かもしれない。
そもそも『呪術廻戦』はFateシリーズに影響を受けている作品だし、当時はスマホゲームの『Fate/Grand Order』が大人気だったから、そちらのイメージが……と思いきや、意外と『ベルセルク』のほうの「受肉」でネタにされていたようなのは気のせいだろうか。
などと思ったら、TVアニメ版第2作で受肉したグリフィスが登場する第13話が、2017年4月7日というちょうど一年前に放送していたらしい。どういう偶然なんだ。
ちなみにFateシリーズの発売は2004年からで(高校時代の奈須きのこが書いた「旧Fate」の存在は知られていて、そちらは1990年頃に作られていることになるものの)、一応『ベルセルク』の原作で「受肉」が用いられた後、という順番となっている。
日本の創作界で、『呪術廻戦』で言うような「受肉」の使い方を流行らせたのは『ベルセルク』ではないか、というのは言えることかもしれない。
なお、作中用語として考察などでは必須のワードである「受肉」なのだが、意外と『ベルセルク』の作中での使用頻度は低い。探してみても、この二箇所でしか使われていないのだが、ここ以外にもあっただろうか?
※以下は投げ銭専用の有料部分となります
ここから先は
¥ 200
Amazonギフトカード5,000円分が当たる
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?