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子どもの頃の忘れ物②

前回の続きというか、もうひとつあった大きめな気づきを。

私が小さい頃から母は身だしなみにうるさかった。
「ぶしょったい」(遠州弁でだらしない的なニュアンスの言葉)ってよく注意されてたし
洋服はよく買ってくれていた。
裕福な家庭ではなかったから(あと田舎だからという理由もあるかも)ブランド物とか高級なモノではなかったけれど、いつも割と新しめの服を着させてくれていて、ボロボロの服を着るってことはなかった。

安くても、キレイなモノを。
それがいいのか悪いのかはわからないけれど、
今でも母はそんなカンジだし、外出する度に服を買いたがる姉はそこをしっかり受け継いでいるんだなぁと思う。

服に限らず、とにかく「人前で恥をかかせたくない」というのが強かったんだと今になって思う。
当時はうるさいなぁぐらいに思っていたし、そんなに厳しく躾られたって印象もなかったけれど、よくよく考えるとまあまあ口うるさかった。


先日講座をやっていてものすごーい失敗をした。
(時期がきたらいずれそのことも書こうとは思っている)
で、激しく落ち込んだし、自己嫌悪の塊みたいになってた。

そうなってみて初めて、私の中で過度に失敗を恐れていたことに気づいた。
なんならもう「失敗 or die」ぐらいの勢い。

失敗するのが怖いから、やらない。
失敗するくらいなら、何もしない方がいい。

自分では全く気づいてなかったんだけど、そんな思い込みがあった。

そして失敗して人前で恥をかきたくない
ここが、母の「人前で恥をかかせたくない」に繋がった。
ああ、私は母の言いつけをしっかり守ってきたんだなぁと。


まぁ親だったら誰しもが「子どもに失敗して欲しくない」「恥をかかせたくない」って気持ちはあると思う。
あるが故に過度に心配したり、転ばぬ先の杖的なモノを用意してしまったり。

ただ母が私に対して「恥をかかせたくない」が強かったのは、姉の影響もあるのかなと思う。
姉を上手く育てられなかった負目。
姉の病気は自分のせいだという自責の念。

勿論姉の病気は母の育て方とは関係ない。
でも、母自身が「全部自分のせいだ」と言っていたことも思い出した。
そんなことないのにね。
でもそう思ってしまう気持ちもわかる。
だから、せめて私は人前で恥をかかせないようにって育てようと思ったその気持ちもわかる。

そう育てた母を責めるも恨むこともできるけれど、自分も親になったからその気持ちがわかってしまうから、それはできない。いや、したくないんだな、私が。


この歳になってもまだ、母のいいつけをしっかり守っている自分がいる。
そのくらい、母親という存在って大きいんだなということを改めて体験できた。

自分で体験できたから、今度は伝えていく。
いいつけを否定するんじゃなくて
守ってもいいし、守らなくてもいいということを。
どちらを選ぶかは自分で決めていいんだということを。



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