冬の告知
葉を落とした鈴懸の木が
悲しみの言葉のように 佇んでいた
想い出に意味を与えることはない
忘却に 意味がないにしても
ただ 風の行方を探ればいい
金色に磨かれたメタルのような夕陽に照らされて
雲の端がキラキラ輝いていた
拒絶はなかった
なし得た拒絶は
失われたものは不明にしても
身を切る冬の風が
眠りのうちに忘れ去っていた予感を
遠い方角から運んできた
きょうは会えるだろうか
いつかここでと いったきり
知らない所に行った人に
山の端が ほのかに燃えあがり
西の空が赤く 柘榴のように割れた
生きてもいないのになぜこんなにも
生きることに倦みやすいのか
そげ落ちた心で そぞろまた
誰に会い 何を語る
青い黄昏の底で 物思いげな灯が
家々の窓を滲ませていた
それは深海魚のやさしい瞳に似ていた
一枚の紙にさえ もうひとりの私を
あぶりだせない私とは いったい
誰なのか
あるいは私は下書きのない一編の詩にでも
なればいいのだろうか
暮れなずむ空の下で
鈴懸の木が風に吹かれて ひゅうと鳴いた
それでもお前は遠くへゆけるか
もうひとりのお前も 約束の時も
はじめからありはしなかったと
知りはじめたいま
夜は空から 黒い網のようにしだれおち
星々からの光が赤い風見鶏の嘴に届いた
街についたら 風は街路樹たちに伝えてほしい
日ごと私を消してゆくことがいまの
ただひとつの言伝だ と
それから 空の青も忘れないでほしい と
(詩集『夕陽と少年と樹木の挿話』第2章「冬の告知」より)
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