善助漂流記(その1)
おれは岩礁の上に立つ。すっ裸で、かぐろい陽光にさらされて。
燃えたぎる意思を感じさせる硬質な文体だ。誰が書いたのだろう。北杜夫である。これは北杜夫の『酔いどれ船』という小説の書き出しである。『酔いどれ船』は漂流者や異国を放浪した人たちを描いた短編集である。その第一話に、紀州は周参見生まれの善助という21歳の若き船頭が登場する。
天保12年(1841年)、善助はアメリカ大陸のメキシコまで漂流し、2年間メキシコに滞在した後に日本に帰国した。アメリカのペリー提督が浦賀沖に来航した時は、江戸に出向いてペリーから将軍への献上品を鑑定し、その功績で苗字帯刀を許され井上善助と名乗ったという。
あのジョン万次郎よりもはやくアメリカ大陸に漂流し歴史的な功績もあるというのに、何故かジョン万次郎ほど名前が知られていない。
『酔いどれ船』を読んだ数年後、私はあるひとりの女性と結婚した。彼女は和歌山の周参見出身である。善助と同郷だ。そして先祖に井上善助という人がいて幕末にメキシコに漂流したというのだ。そう、彼女は善助の子孫だったのである。五代目だ。
かくして私も善助の末裔に繋がることになった。かなり端っこの方ではあるけれども。北杜夫の『酔いどれ船』に登場した善助という21歳の若き船頭は私の家族のご先祖様なのだ。
善助の物語について語らずにはいられなくなった。
・・・次回に続く。
(注)
ここに掲載した図版は全て、
(佐野芳和『鎖国 日本 異国 MEXICO 難船栄寿丸の13人』
メキシコ・シティ発行、1999)のページを西岡が写真撮影したもの。
(突然ですが)
私の詩『手か足か』が『ココア共和国』3月号で佳作に選ばれました。
Amazon のKIndle版で275円で読めます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?