又三郎のいうことには
さわやかな九月一日の朝
小学校の窓ガラスをがたがた鳴らせて
風の又三郎が帰ってきた
ゴーシュがもうセロを弾けなくなったぞ
年取って指が動かねえって
シューマンのトロメライも
弾けねぇって
そういう又三郎もずい分年を取って
風のマントがよれよれになっていた
杖をついた三人の老人たちが
教室に集まってきた
嘉助と佐太郎と耕助だった
これからゴーシュのところに行くぞ
イギリス海岸に沿って町に向かい
注文の多い料理店には目もくれず
活動写真館にみんなが辿り着いた頃には
あたりは暗くなっていた
カシオピア座のとなりで
よだかの星が燃えていた
活動写真館の中から第六交響曲が聴こえてきた
楽長が両手をならした
セロが遅れた やり直し!
ゴーシュは顔を真っ赤にしていた
楽員は誰も楽器を持っていなかった
みんなパイプ椅子に座っているだけだった
エア交響楽団大会にはもう日がないぞ!
白い髭を床まで垂らした楽長がどなった
(突然ですが)
noteに2024年6月5日に投稿した詩;
『ヒマワリが車から降りてきた』が、
月刊『ココア共和国』8月号の佳作に選ばれました。
Kindle版で275円で購入できます。
いろんな人のいろんな詩が載っています。
ぜひ、読んでみてください。
※ヘッダーの「セロ弾きのゴーシュ」の画像は、
『少年少女日本文学全集 第10巻 宮沢賢治集』(講談社、1962年)
の表紙さしえを西岡が写真撮影したもの。