Nosutarujikku novel Ⅱ 小雪②
翌朝、晴れ渡った街の公園で、夕方5時までどう過ごそうかと考えて、昨日買った新聞を読んでいると、劇場映画の欄に「メロディーフェアーとifもしも・・・」の二本立てで350円が目に入り、映画館に行くことにした。
小さな映画館はこれまた典型的な場末の名画座という風情で建っていて、またこのような感触を楽しむ自分がいた。
11時迄には、まだ時間があったので、夕方面接する会社を確かめに行った。
繁華街というより歓楽街にあるダンスキャバレーで、僕はここでソフトのバーテンの見習いという形で勤めることとなる。出来るだろうか?という不安より、面接に受かることだけを心配した。 市内の地図を駅で入手して、主立ったデパートや建物・飲食店などを下見した。
映画を視た。「メロディーフェア」は、子供達のイノセンスなほのぼのとした愛に泣き・・・ビージーズの音楽がとても映画にあっていた。<in the morning>の曲が最高だった。
「ifもしも・・・」は学園紛争の青春モノという流れの中から次第に武器をもつ反逆へと至るプロセスが面白かった。 興業主がこの2作を選んだセンスはなかなかだと想った。
映画館を出て、僕は面接を受ける会社へ急いだ。担当者は45歳で、最近フロアーマネジャーになったばかりの溌剌とした人だった。あれこれ質問し、そういう事情なら雇ってあげようと言ってくれた。早速、更衣室で制服に着替え、厨房のチーフに紹介された。
見事にはげ上がった頭頂と口髭が奇妙なアンバランスを強いる職業人だった。僕は密かにダリと名付けた。サブチーフは陽気でおしゃべりが止まることなしと言う人物で、チーフの機嫌を取りながら、部下を叱り飛ばすという嫌な性格だった。
ホールスタッフが同年代から25歳まで約10人近くいた。僕はその日のうちに、東京から流れついた黒頭巾フータローと呼ばれるようになった。何故なら、その当時の僕は、黒のタートルネックとジャケット・黒のジーンズと黒のカジュアルシューズといういでたちだったから・・・
仕事は5時半迄に入り、6時から朝礼~夜1時までの営業で、後片付けをして寮に戻れば3時を過ぎ、お風呂に入って、4時過ぎに寝てお昼前に起きて、朝昼兼用の食事をしてぼっーとしていると、すぐに夕暮れ・・・北の街の夕暮れは早く、一日はあっと言う間に過ぎていった。
寮から店まで歩いて約20分程だが、夜に雪が積もった日はほんとうに歩くのがたいへんだった。他にもいろいろと寮生活のでの問題があり・・・それは多分に仲間意識が変に強いみんなと一歩距離を置いてマイペースで生活する自分との軋轢だったが、それほど苦ではなかった。 みんな変に優しく、東京の話を聞いては喜んでいた。でもやっぱり寮は
プライバシーがないので一寸辛かった。
ある日、寮から店まで歩くのに、ほとんど毎日道を変えて歩いていたが、その日はいつもより早く出て本屋に行こうと考えて歩いていると・・・心なしか片足を引いて歩く少女が僕の前を歩いていた。 そして彼女は、ある喫茶店の裏口へ入って行った。
その彼女に惹かれた訳ではなかったが、良い喫茶店を探していたので試しにそこに入った。制服の上からコートを羽織っていただけだったのか、彼女は席に着くとすぐに水を運んできた。 笑顔で「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」とお盆を左脇に挟んで返事を待った。僕は彼女を視つめてコーヒーをお願いしますと言った。
ふと、店内を見直すと求人募集の張り紙がしてあった。
彼女がコーヒーを運んで来たので「まだ求人募集されていますか?」と訊くと
「ええ、まだ募集しています」
「オーナーはいらっしゃいますか?」
「面接がご希望ですか?」
「はい・・・」
「連絡をとってみます。お待ちください。」
僕はレポート用紙に、履歴書を書き始めた。
30分程待つことになった。彼女はその間遅れる旨を告げ、コーヒーをお代わりしてくれた。若いオーナー夫婦が帰って来て面接となった。
「ふ~ん、幼稚園の入学から書くなんて珍しいというか、とても良い神
経をしているね。気に入りましたね」
「おい、良いだろう、採用で」
「ええ、あなたが良ければ真面目そうだし・・・」
という流れで、わずか1分で採用が決まった。
アパートを紹介して貰い、今勤めている会社との話を綺麗につけてから、出来るだけ早く来られるようにして下さいと念を押された。
幸い先週より新しいスタッフが入って来たので、わずか1ヶ月での離職は驚き呆れられたが、今週一杯での了解を貰い来週からは、寮生活から抜け出して、ほんとうの喫茶店のソフトのバーテンダーになった。
この喫茶の売りは、オーナーがドイツで暫くパブと喫茶で働いていたので、コーヒーはすべてウィンナーコーヒーで出すこと、すなわちミルクはすべてホイップクリームでの提供で生ミルクは出さなかった。
又スパゲッティはカルボナーラーが評判でよく注文が入った。
スパゲッティとサンドイッチをオールタイム提供し、コーヒーは一回で25杯分をのコーヒーをドリップで落として作るのをすべて教えて頂き、朝9時から6時までの勤務をこなした。
昼の賄いがとても助かった。
身体は楽になり、夕方アパートに帰って、人はやはり朝から夕方まで働くのが真っ当だとしみじみ想った。ミカン箱を近くの八百屋さんに頂き、それを机にして、蝋燭を灯しながら
本を読み、詩を書いて、疲れたら布団に潜り込み、朝までぐっすりと眠ることが出来た。 ③に続く