窓辺から小さな花をもらった日
その子は窓の外を見ていた。国語の授業だった。
作文は2行しか書かず、自分の席にも座らず、窓際に立ってグラウンドの方を見ていた。
「つづき、書かないの?一緒にやろっか。」
私の言葉は無視して、まだ立ったまま遠くの彼方を眺めている。
多動性障害のある子だ。
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先週だったか先月だったか、体育の授業は張り切ってたな。でも頑張って疲れたのか、次の切り替えスイッチが入らなかったか、グラウンドから戻る途中の児童玄関でやけにゴネてたな。給食の時間なのに教室に入らないから、私が注意したら尚更スネたか、暴言吐いてから玄関にずっと寝転がってた。
今度はなんて声がけをしようか…
また暴言を吐かれるのだろうか…でも
残り時間は少ないけど、少しでも書いてくれたらな…
なんて考えているうちに、彼は窓の下を覗き始めてキョロキョロしはじめた。
突然、窓を大きく開けて、鉄棒の前回りでもするみたいに上半身を持ち上げたと思ったら、頭をぐるんと下に向けて、窓から半分落っこちそうになっていた。
「?!?!あぶなーいっ!!!」
私は後ろから抱き抱えるようにして咄嗟に彼を抑えた。約2名が飛び出している、教室の窓。1階とはいえ、異様な光景だったかも。
体勢を立て直して見ると、彼は小さな黄色い花を手にしていた。
「まだつぼみだけどさ。」
「花壇のお花?…摘んじゃダメだよ〜!」
「もう少ししたら、咲くんだよ。」
「…そっか、暖かくなって春になったらかな。」
「違うよ。昼間の明るい時に開くんだよ。夕方暗くなってくると、また閉じる。オレ毎日観察してるもん。…これ、先生にあげる。」
国語の時間に作文を書かないのも、窓から飛び出すのも、花壇の花を摘むのも。本来なら教員として全て注意すべきことだ。実際、やんわりとダメだと伝えた。でも。
「でも、ありがとう。」
正直に本音を言うと、私は単純に嬉しかった。それは小さな可愛い花をもらったからだろうか。いつも反抗的だったのに、少しでも好意的な態度を見せてくれたからだろうか。彼が花を観察しているという新たな一面を知れたからだろうか。
「せっかくのお花、枯れないようにしなくちゃね。」
「先生のおうちでさ、コップに水入れて挿しておけば、大丈夫だよ。きっと咲くよ。」
窓から覗くと、花壇にめいっぱいワサワサと生えていた。どこかで見たことあるような三つ葉。そして無数の黄色のつぼみ。
茎の部分を濡れたティッシュでそーっとくるんで、家までそーっと持ち帰り、小さな錫の盃に入れた。
帰宅してから何の花だろうと調べてみたら、【オオキバナカタバミ】
なるほど、あの繁殖力の強いといわれるカタバミの一種か。そのとき、花言葉の中の一つが目に止まった。
『あなたを決して見捨てません』
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公立の小学校。クラスには様々な子供達がいる。発達障害のある子、そのボーダーに属する子、外国ルーツの子、多言語の中で学ぶ子…
どの担任の先生だって。どの生徒も等しく見てあげたい、気にかけてあげたい、教え導いてあげたい、という志と情熱を持って日々現場に立たれていると思う。
指導員の私の立場で何をどこまで出来るだろうと、毎日毎日自分に問いかけている。
せめて出来ることは、目の前の生徒を、可能性を、見捨てないことなのかもしれない。
彼から受け取ったこの小さな黄色い花を、必ず咲かせたいと私は思った。
どんなに小さい花だとしても。
どれほど一瞬の時間だとしても。