第2回 『なにせにせものハムレット伝』
※一部性的な表現が含まれています。ご確認の上、お楽しみください。
1幕2場
今回登場する人物
ハムレット・・・・・・・・・ クマデン王国の王子
クローディアス・・・・・・・ クマデン王国国王(ハムレットの叔父)
ガートルード・・・・・・・ クマデン王国王妃(ハムレットの母)
ポローニアス・・・・・・・・ クマデン王国の宰相
レアティーズ・・・・・・・・ ポローニアスの息子
ホレーシオ・・・・・・・・・ ハムレットの親友
バーナード ・・・・・・・・ 城の見張り担当の将校
衛兵A ・・・・・・・・・・・ 城の見張り番
衛兵B・・・・・・・・・・・・ 城の見張り番
森の妖精・・・・・・・・・・・ 語り手
森の妖精(語り手): クマデン王国の、前の王様が2ヶ月前に亡くなったことは、もうみなさんご存じですよね。その後を継いで、国王の座についたのは、亡くなった王様の弟で、クローディアスという名のお調子者です。彼は、なんと、なんと、なんと、先王が亡くなるとすぐ、未亡人となった元王妃ガートルードに、恋の熱烈アタックを決行したのです。
もともと、戦場でのアタックよりも、恋のアタックを得意とするクローディアス、涙ぐましい努力の末、ガートルードのハートを射止めたのでした。そして、この結婚が決め手となって、クローディアスは、見事、クマデン王国の国王の座を手にすることができた、というわけなのです。
で、ここからが、ちょっと複雑なんですけど、再婚したガートルードには、先の国王との間にうまれた息子がいます。名はハムレット、われらがヒーローです。年齢は30才。先王の直系の息子で、国民の人気も高く、母ガートルーが再婚さえしなければ、彼が王位についていたはずなのですが・・・。このことが関係しているのかどうかは分かりませんが、最近のハムレットさまは、かなりすさんで、ひねくれてしまっています。
はてさて、場面は、エルシナノ宮殿のいちばん豪華な大広間。結婚の儀式を終えたばかりの国王クローディアスと王妃ガートルードが王座に座っています。近くには、国王の相談役のポローニアスとその息子レアティーズがいて、周囲には貴族たちがならんでヘコヘコしています。
さて、あとは、ご覧になってのお楽しみ(退場)。
ポローニアス: えー、みなさん、(咳払い)エヘン、ゴホン、エヘン。皆さーん、静粛に。静かにしてください。おしゃべりやめてくださーい。さて、新国王となられたクローディアス陛下から、お言葉があります。よろしいですね、心して聞いてください。
クローディアス: さて、今日、あつまってもらったのは、他でもない、皆にぜひ知ってもらいたいことがあるからなのだ。わが最愛の兄、先の国王の死は、いまだに記憶に新しいところではある。しかしながら、王の不在は、他国の侵略につけいるすきを与えかねない危険な状態であり、長びかせることはできない。そこで、このクローディアスが、意を決して、兄の妻であったガートルードを妃としてむかえ、国王という重責をになうこととしたのだ。このことを皆もしっかりと理解しておいてほしいのだ。
ポローニアス: はい、みなさん、拍手、拍手、拍手。
(貴族たち、盛大に拍手をする。)
クローディアス: うむ、よかろう。それはさておき、私の良き相談相手、親愛なるポローニアスよ、私に何か願いごとがあると聞き及んでおるが、申してみよ。
ポローニアス: はい。実を申しますと、わが優秀なる息子レアティーズが・・・。いや、決して親バカで言っているわけではありません。頭脳明晰なこの私は、決してバカではない。ゆえに、親バカではないのは明明白白なのでございますが、そのレアティーズが、異国の大学に戻り、再び勉学の道を歩みたいと言っております。正直、何の勉強か分かったものではありませんが、若い頃の経験は、何かと有意義かつ楽しいものでありまして、私なども若い時分には、まあ何と申しましょうか、色々あったわけではございますが、今ではこのように立派になっているわけでありまして、広い世間で経験を積むのも悪くないと考えた次第です。ぜひとも、陛下のお許しを願うところでございます。
クローディアス: 父親の許可がおりたというのであれば、私としても異存はない。レアティーズよ、異国の地で、存分に学んでくるがよい。なんと言っても、若い日々は二度ともどらぬものだ。後悔を残すことなきよう、大切に過ごしてくるがよい。
レアティーズ: 寛大なお心づかい、ありがとうございます。ご期待にそむかぬよう、しっかりと勉学にはげんでまいります。
クローディアス: うむ。それは、さておき、大切なハムレットよ。お前の方は、大学にもどるのをやめて、ここに残り、私と妃とともに国の政治を担ってほしい。そもそも、おまえが学んでいる、なにやら、こむずかし学問には、ほとんど実用性がないと聞いておる。おまえにはもっと実用的なスキルを身につけてほしいのだ。ああ、そうだ!この場で、列席する貴族たちを前にして正式に宣言しておきたいことがある。ここにいるハムレットこそ、私の後を継ぐクマデン王国の王位の継承者であると。さあ、これで、ここにいるもの全員が証人だ。であるから、今後は、国政の勉強に励んでもらいたい。
ハムレット: (傍白)ふん。てっきり、おまえは、自分が死んだ後も、30年間は国王の座に居すわるつもりだと思っていたがな。
(※傍白:他の人物には聞こえず、観客にだけ聞こえる台詞)
クローディアス: どうだ、ハムレット。私を父と思って頼りにしてもらって構わないのだぞ。
ハムレット: (傍白)おまえが父だと! 母の乳を頼りに生きている赤ん坊のようなおまえが、いったい、何の頼りになるというのだ!
クローディアス: ところで、わが息子よ。ぜひ、そう呼ばせてもらいたいのだが、どうしてそんなに元気がないのだ。
ハムレット: (傍白)その様子を見ていると、お前の息子のほうは、すこぶる元気なようだな。
クローディアス: このようなめでたい場で、そのような暗い顔はよしてくれないか。
ハムレット: (傍白)お前は、毎晩、ベッドで妃にくらいついているんだろうな。 あれからまだほんの2ヶ月しか経っていないというのに。
クローディアス: ああ、かつてのポジティブで前向きなハムレットは、どこにいってしまったのだ。父親の死を嘆き悲しむのは正しい行為だ。しかし、悲しみすぎはいけない。生きるものは、必ず死ぬ。そして残ったものたちが、新しい世界をつくってゆくのだ。世の中とはそういうふうにできている。だからこそ、おまえには国に残って政治を手伝ってほしいのだ。
ガートルード: そうよ、ハムレット。私からもお願いするわ。
クローディアス: そうだ、おまえがそんなに勉強したいのであれば、わざわざ国外に留学しなくても良いように、ここに新しい大学をつくろうではないか。わが妻、ガートルード、おまえも賛成だろう。
ガートルード: ええ、それはもう、もちろんでございます。
クローディアス: わが国家の象徴、エルシナノの森に君臨する百獣の王、クマの健康管理を目的とした獣医学部などはどうであろうか。私の友人に、ちょうど学長にふさわしい者がおる。森で出会った友達で、毎年いっしょに桜の花見をする仲だ。たしか、今はソバ屋をしているはずだ。この私の親友なのだから、間違いない。予算をたっぷりつけて、すぐに開学の準備に入らせよう。
ガートルード: すばらしいお考えだと思います。
クローディアス: キャンパスにはこの宮廷から通学したらいい。
ガートルード: そうよ、ハムレット、ぜひ、ここに残って、なごやかな王室をきずきましょう。
ハムレット: 母上までもが、そのようにおしゃるのであれば、しかたありません。ここに残りましょう。
クローディアス: よくぞ言ってくれた!それでこそ、わが息子だ。(大きな声で)そういえば、もうそろそろ、昼の宴の時間ではないか。皆もお腹が減っただろう。きょうは、とりわけめでたい日だから、ごちそうをたっぷり用意させよう。さあ、ついて参れ。まだまだ日は高いが、今日は特別だ。食べて、飲んで、乾杯しよう。
(盛大な音楽とともに、ハムレットを残して、全員退場)
ハムレット: 母上ともあろうものが、父の死後たったの2ヶ月で再婚してしまうとは。しかも、相手は、あの道楽者のクローディアスだ。好色だけが取り柄の男ではないか。だが、しかし、よくよく考えてみれば、おれのこの体も、かなり汚れているかもしれない。いっそのこと、ドロドロに溶けて、消えてなくなってしまえば、面白いし、悩みも消えてくれるだろう。だが、この体がそう簡単に溶けるはずもない。やれやれ、困ったことだ。
(衛兵、ホレーシオなどが駆け足で登場)
ホレーシオ: (遠くから)ハムレット様~。ぜひ、お耳にいれておかねばならないことがあります。
衛兵A: ハムレット様~。
衛兵B: 殿下、殿下、オール電化~。
ハムレット: ああ、また、わけの分からない連中がやってきた。彼らが近づいてくる前に、ダッシュで逃げてしまおう。昨年の体力測定では、50メートル、ジャスト9秒だった。あそこの扉まで約20メートル、最近、運動不足だが、目標は4秒だ! (時計を見て)今、9時52分43秒だ、45秒でスタートしよう!3、2…、おや、まて、あそこにいるのは、わが友、ホレーシオではないか。
ホレーシオ: (遠くから)ハムレット様~、お待ちください。私です、ホレーシオです。
ハムレット: ああ、ホレーシオ、君はなぜ、ここにいるのだ。いつ到着したのだ。いずれにせよ、よく来てくれた。君ならいつでも大歓迎だ。それにしても、ひどい田舎でびっくりしただろう。しかも、ここでは、みな昼間から酒を飲んで酔っぱらっているんだ。父上が生きていた頃は、こうではなかったのだが、嘆かわしいかぎりだ。
ホレーシオ: じつは、昨晩、そのお父上にお会いしたような気がするのです。
ハムレット: 何を言っているのだ。君まで頭がおかしくなってしまったのか。ホレーシオよ。このエルシナノ宮殿に漂うウィルスが、君の精神までをも、むしばみはじめたのか。すぐにマスクをしたまえ。悪いことは言わない、早く国に帰った方がいい。
ホレーシオ: いいえ、ここにいる者全員が目撃したのです。一昨晩も見たと申しております。いや、どうやら、かなり以前からお姿をあらわしていたようなのです。
ハムレット: まちがいないのか。本当に父上の姿をしていたというのか。
ホレーシオ: 確かにそのとおりでございます。ここにいる衛兵2人も証人です。
衛兵B: はい、確かに見ました。間違いありません。(衛兵Aに向かって小声で)何かご褒美もらえるかな。ワクワク!
衛兵A: (小声で)ちょっと黙ってろ!
ハムレット: 父上の亡霊がでたというのか。しかも、繰り返し。そうか、わかった。今晩はおれも見張りに立つ。そして、その亡霊と話をするまで、一歩も動かないぞ。
衛兵B: (衛兵Aに向かって小声で)もし、今晩、たまたま出なかったら、どうするんだろうね。かなり寒いし、トイレにだって行かなければいけないし、一歩も動かないってのは、いくらハムレット様でも、ちょっと無理なんじゃないかな。それに、亡霊が出るのは、夜だけだから、昼間までいる必要はないし、メシだって喰わなくちゃいけないし・・・。
衛兵A: (衛兵Bに向かって、小声で)お前はしばらく黙っていろ。かたい決意を示す比喩的な表現だ!
ハムレット: それでは、今晩 9時に城壁で会おう!
ホレーシオ: では、我々全員で、お待ちしております。(ホレーシオとバーナード退場。)
衛兵B: (小声で)えー!また行くの。おれも絶対行かなきゃだめ?
衛兵A: 当たり前だ!どうやらあの亡霊は、お前の背中が好きなようだからな。お前がいないと出てこないかもしれない。
衛兵B: さっきから、どうも、髪の毛の先端が痛むのです。前髪の先っぽが、ズキズキ、ムカムカするんです。だから、今日は、お休みします。
衛兵A: だったら坊主にしてやる!来い!耳引っ張ってでも連れて行くからな!
衛兵B: あ、それパワハラですよ!
衛兵A: 緊急事態だ。お前も兵士だろ。当然の義務だ!(退場)
衛兵B: そこまで言われたら、仕方ないな、行ってあげようか・・・。あれ、誰もいないや。ねえ、みんな、ちょっと、待ってよ。無視しないでよー。おれも絶対行くんだから。(退場)
ハムレット: ここ最近、ずっと悪い予感がしていたのだ。父が死んでからたったの2ヶ月での母の再婚、たったの2ヶ月だ。何かやましいことがあるのではないかとは思っていた。よし、おれは会うぞ。会って、この目で確かめるのだ。夜が待ち遠しい。
森の妖精(語り手): 最後まで読んでくれてどうもありがと~。われらがハムレットさま、なんだか暗いですね。でも、そろそろ何かが起こるような気配がしますね。ぜひ、次回も読んでくださいな。まったねー。
【森の妖精の豆知識:クマデン王国】
お城はエルシナノ宮殿。主要交通機関はクマデン電鉄、略してクマデン。この連作のなかでも1回だけ言及されます。国のシンボルはクマ。キャッチコピーは、「クマのマークのクマデン王国」。