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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番と、アシュケージ、亀井 聖矢、そしてJonathan Oshry
私が愛好する音楽の一つに、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番がある。
ピアニストにとっては、最高難度のテクニックとスタミナと不屈の精神が必要なコンチェルトとして立ちはだかる壁のような存在であるらしい。映画「シャイン」では、この曲を弾ききったがゆえに、統合失調症になってしまったピアニストの半生が描かれているぐらいだ。
ただ、超絶技巧を誇る曲にありがちな、曲芸じみた難しさはわかるけれど作品としては今一つ感動が薄い、という類の音楽ではない。
このラフマニノフの協奏曲は、ロシアの大地や空を想起させる透明感あふれる旋律や、燃え上がるようなパッションと躍動感に満ちており、芸術作品としても第一級のものである。
ラフマニノフのピアノ協奏曲と言えば第2番が有名で、演奏される機会が最も多いのだろう。魅惑的な旋律にあふれた美しい曲で、女性的ともいえる繊細な優美さを備えた音楽だ。
それに対し、第3番は、どちらかといえば硬派な男性タイプ。武骨で、猛々しく、時には野性じみた荒々しさも見せる。いささかマッチョな性格の音楽なのである。
とはいえ、そこはやはりラフマニノフの音楽であり、メランコリックで愁いをおびたロマンを感じさせる要素も満載だ(私なぞは、そのギャップにハマっている)。
この協奏曲は、ラフマニノフが1909年から翌年にかけて行ったアメリカ演奏旅行の目玉にするために書かれた作品だった。
ニューヨーク・フィルとの演奏会では、ラフマニノフ自身がソロを弾き、指揮をグスタフ・マーラーが行うという夢のような共演が行われた。
その後、ラフマニノフは、マーラーの指揮と統率力を高く評価していたと伝わっており、作曲者にとっても満足のいく演奏会になったのだろう。
この曲のおすすめのCDとして真っ先に挙げたいのは、ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)と、ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団によるものだ。
1987年に発売されるや、レコードショップに走って買いにいった思い出のCDで、私自身、この演奏によって刷り込まれている面はあるだろう。
しかし、今になって他の音源と聴き比べても、このCDを上回る演奏には出会えていない。
指揮者に転向する前のアシュケナージのみずみずしい感性と熱い情熱、そしてハイティンク/コンセルトヘボウ管弦楽団による重厚かつ色彩感あふれる伴奏で、ラフマニノフが表現しようとした叙情の美があますことなく浮かび上がる。
実演を聴いて心に残っているのが、新進のピアニスト亀井聖矢さんと原田慶太楼/京都市交響楽団による演奏(2022年9月17日の京都の秋音楽祭オープニングコンサート)だ。
これは曰くつきの演奏会で、当初予定されていたピアニストから急遽交代になり、亀井聖矢さんが代役でソロを行うことになったのだが、本人にオファーがあったのが、なんと演奏会の2日前だったそうだ。しかもラフマニノフの超難曲である。普通ならば、対応可能な安全な曲に変更してもらいたいところだろうが、彼はプログラム変更をせずに真っ向からこの曲に挑みかかったのだ。
この頃はまだ、亀井聖矢さんがロン=ティボー国際コンクールで第1位を獲得して名を馳せる前であり、私は彼の名前を知らなかった。当日配られた出演者変更を知らせるコピー用紙に書かれた略歴を見ると、まだ桐朋学園に在学中とのことで、果たしてこんな若いピアニストが、大丈夫なのだろうか、と不安になったぐらいだった。
しかし、ステージに現れた亀井さんは堂々としていた。光り輝いていた。そして、原田慶太楼が指揮するプロのオーケストラとの共演を見事にやり終えたのだ。
それも、やっつけの演奏ではなく、非常に緻密かつエネルギッシュで、感動的な演奏だった。
弾き終えたあと、拍手は延々と鳴りやまなかった。
当日の聴きに来ていた多くの人が、この奇跡の若手の登場に興奮し、我を失っていたのではないだろうか(私は、同日後半に演奏されたチャイコフスキー交響曲第4番が、どんな演奏だったかまったく記憶に残っていないぐらいである)。
京響とのその日の演奏は、音源としては残っていないが、後に、亀井聖矢さんが藤岡幸夫/関西フィルハーモニー管弦楽団と共演した同曲の演奏がYouTubeで配信されているので、彼のテクニックの高さと熱さを確認してもらうことができるだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=Ndd8hAe2iic&t=5s
あと、もう一つおまけ情報。
日本では、ほとんど知られていないピアニストによるものだが、私がしみじみと大好きな演奏がある。
Jonathan Oshry(ジョナサン・オシュリー?)というピアニストと、エン・シャオ指揮クワズール=ナタール・フィルハーモニーによる演奏である。
プロフィールをWEBで確認すると1975年に南アフリカ・ダーバンで生まれたピアニストとのことである。
クワズール=ナタール州というのが南アフリカにはあり、ダーバンはその州都なので、オーケストラも同地のものだろう。
この演奏(コンサートのライブ音源)が、ピアニスト自身のホームページで公開されている。
http://www.joshry.com/Recordings1.html
なんのきっかけだったか、10年ぐらい前にたまたまこの演奏をWEBで聴き、すっかり気に入ってしまった。
テクニックは申し分なし。迫力もあるし、ラフマニノフらしいメランコリックな情緒も、叙情性も十分である(そしてオーケストラも上手い!)。
今では、ホームページから音源をダウンロードし、繰り返し何度も聞いている。
第3楽章のコーダの美しさは、もしかするとこの演奏が一番かもしれないな……と密かに思っている。
この演奏に関しては、下記のサイトでも詳しく書かれており、いろいろ参考にさせていただきました。
https://kechikechiclassi.client.jp/rachmaninov_pc3_oshrey.htm