アウグストゥスの腹心アグリッパについて
今回はアウグストゥスの腹心である「アグリッパ」という人物について書きたいと思います。
古代ローマの初代皇帝である「アウグストゥス」の名前は聞いたことがある人も多いと思います。
そのアウグストゥスにアグリッパという腹心の部下がいました。
この人すごい人なのに全然有名ではありませんが・・・。
このアグリッパがアウグストゥスを皇帝に押し上げた立役者なのです。
・アグリッパとは
マルクス・ウィプサニウス・アグリッパは古代ローマの将軍であり政治家です。
まず、アウグストゥスの養父であるカエサルの目に留まりその才を見いだされたといいます。
カエサルの死後、養子のアウグストゥス(オクタヴィアヌス)に仕えるようになります。
アグリッパはすぐれた軍事指導者で、数々の戦役で指揮をとりました。
なかでも「アクティウムの海戦」で勝利したことがアウグストゥスを皇帝に押し上げる大きな要因になりました。
また、軍事だけに才能があっただけでなく、政治家としても活躍しました。
元老院議員と務めて、皇帝アウグストゥスの元で様々な改革を推し進めました。
建築にも才能があったらしく、ローマ帝国のインフラ整備にも力を注ぎ、「パンテオン」や「ポン・デュ・ガール」といった現在でも残っている建築物を造りました。
多方面に才能のあった人物でした。
アグリッパはアウグストゥスの娘ユリアと結婚しています。
すでに結婚していたアグリッパを離婚させてまでです。
アウグストゥスはアグリッパに、彼とユリアの子どもたちが成長するまで中継ぎの皇帝として即位してもらう予定でした。
中継ぎとはいえ、自分の部下を次の皇帝にしようとするのですから、アウグストゥスはアグリッパをよほど信頼していたのでしょう。
アグリッパも野心を抱かず、皇帝アウグストゥスによく忠誠を尽くしました。
ですが、運命とはわからないもので、体の弱かったアウグストゥスより先にアグリッパが病死してしまいました・・・。
アグリッパが長生きしていれば、ローマ帝国はより安定した発展を遂げられた可能性も考えられるそうです。
・アグリッパ最大の功績
アグリッパは将軍として数々の戦役を指揮してきましたが、なかでも功績が大きかったのが、「アクティウムの海戦」での勝利です。
アクティウムの海戦とはアウグストゥスの宿敵であった「アントニウス・クレオパトラ」連合軍とアウグストゥスの軍との戦いです。
このとき、軍の指揮をとっていたのはアグリッパで、肝心のアウグストゥスは病気で寝込んでいたそうです。体の弱かった人なので。
よく兵士たちが従って戦ったものです、よほどアグリッパはカリスマ性があったのでしょう。
大将が不在のなか、アグリッパはアントニウス・クレオパトラ連合軍を圧倒して勝利しました。
この戦いの勝利は大きく、アウグストゥスはローマの覇権を握り皇帝への階段を駆け上がることになり、ローマ帝国の基礎を築きました。
アウグストゥスは戦いで何もしてませんでしたけど・・・。
アグリッパの卓越した軍事能力がなければこの戦いには勝利できなかったと言われています。
アウグストゥスにとって非常に重要な人物でした。
・アウグストゥスとアグリッパの関係
アウグストゥスとアグリッパの関係はまれに見る良好なもので、君主と臣下を超えた深い信頼関係に基づくものでした。
アクティウムの海戦でアグリッパが勝利に大きく貢献したことが、二人が深い信頼関係を築くきっかけとなりました。
また、政治のパートナーとして二人は互いを認め合い、ローマ帝国の基礎を築く上で不可欠な存在でした。
さらに、アウグストゥスはアグリッパを家族として迎え入れます。
前述したように、後継者問題のためアウグストゥスはアグリッパを娘のユリアと結婚させました。
ですが、先にアグリッパやその子供たちが死んでしまい、アウグストゥスは仕方なく好きでなかった養子のティベリウスという人物に後を継がすことになるのですが。
アウグストゥスとアグリッパの協力は、ローマ帝国発展に非常に重要な役割を果たし、後のヨーロッパの歴史にも大きな影響を与えました。
・まとめ
・アグリッパはアウグストゥスの腹心で、軍事・政治・建築など多方面に才能がありました。
・アグリッパの最大の功績はアクティウムの海戦を勝利に導き、アウグストゥスを皇帝に押し上げたことです。
・アウグストゥスとアグリッパの関係は深い信頼に基づいていて、君主と臣下の関係を超えたものでした。