【いよなん12/1新刊サンプル】秋田清『まれびと 彗星の夜 第一話』
みなさま、はじめまして。
あるいは、おひさしぶりです。
いよなん、でございます!
前回のnoteから『いよなん』第2号に掲載される作品のサンプルをあげておりますが、今回ももちろんあげますよ!
(前回の記事をまだ読まれていない方は、↓からぜひ読んでください!)
今回、紹介するのは、秋田清さんの小説『まれびと 彗星の夜 第一話』です。
いよなんサンプル #2
作者:秋田清
タイトル:まれびと 彗星の夜 第一話
あらすじ
月が美しい春の宵、父の遺言で古い屋敷を守っている男のもとに、音信不通だった兄が十年ぶりに姿を現すところから「物語」は始まる。兄は祖先が遺した古い文書を探していた。
そこに書かれた彗星が永い時を超えて地球に接近していたのだ。
本文サンプル
後になって考えれば考えるほど、あの晩の出来事は夢のように思えてならない。過去から未来へと永劫に続いてゆく時の流れの中で、あの一夜だけが、切り離されてべつの輝きを放っているような、祝祭と崩壊が同時に訪れた夜だった。しかし一方では、あれは確かに起こったことだとも思える。今まで用心して見ないようにしてきたある異質なものを、どうしたはずみかひょっこり覗いてしまったのではないか。もう少し自分が注意深く生きて来ていれば、あの夜のことを題材に万巻の書物を著すことだって出来たかもしれない。吉岡次郎はそう何度も考えた。
そうはいってもその晩は、いつもの晩とそう大して違っていたわけではなかった。窓の外では古いくすの巨木がかさかさと音を立てていて、それは美しい月夜だった。都内でもこの辺りは、夜になって人通りが絶えるとすっかり静寂に閉ざされてしまう。針一本落としても広い屋敷中に響き渡りそうなほど、静かな夜だった。内部からはどんどん腐食が進んでいるに違いないこの屋敷も、月の光を浴びるとまるで何かつやつやした鉱物の結晶に変化したかのように思われるのだった。
その時、ふと彼は異質な音に耳をとめた。玄関で誰かが真鍮製のノッカーを使って扉を叩いているのだと気づいた。この日は土曜日で彼女がやって来る日だったので、玄関の近くにある応接室のソファに坐って、今か今かと待っていた。だからノックの音を聴きとることができたのである。最初のうち、彼はまたいつもの不動産屋がご機嫌伺いに来たのだろうと思った。時刻から言ってもそんなはずはないのだが、そういう外の世界の曜日や時間の観念などは、彼には関係なくなっていたのである。それに彼女ならノックなどはしない筈だ。
いつまでもノックの音が止まないので、次郎はため息を吐いて立ち上がった。テーブルの上からキャンプ用のランタンを持って玄関に向かった。ノックの音はまだ続いていた。
「はいはい、今開けますから。待ってください、そう急かさないで」
苦労して重いドアを開ける。月明りを背に真っ黒な人影があった。磊落な声が響いた。
「昔とちっとも変っていないな、この家は。雨戸は閉めっきりだ。外はいい春の月夜だっていうのに……。おい、次郎、たまには空気を入れ替えているのか? 少しは日光を中に入れるようにしなくちゃいかんな。なんだか少しカビ臭いぞ」
髪を短く刈った、がっしりした体格の男だった。健康そうに日に焼けている。勝手知ったるという感じで靴を脱ぎ、家に上がり込んでくる。
「て、鉄郎兄さん……?」
さてさて、気になるこの続きは、『いよなん』第2号に掲載されます!
『いよなん』第2号は、
西3・4ホール
ぬ-21
に場所をいただいています!
みなさんのご来場をお待ちしております!