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【いよなん12/1新刊サンプル】藤白ねね『神さまの温度』

みなさま、はじめまして。
あるいは、おひさしぶりです。

いよなん、でございます!

前々々回から『いよなん』第2号に掲載される作品のサンプルをあげております。
↓のマガジンにまとめておりますので、「読んだことないな~」という方はぜひ、ここから読んでみてくださいね!

今回、紹介するのは、藤白ねねさん小説『神さまの温度』です。

いよなんサンプル #4

作者:藤白ねね
タイトル:神さまの温度

あらすじ

蓮下村で過ごすはじめての祭りの日。
天涅(あまね)は、神さまの装いをしたクラスメイトの鈴鹿と共に夜の山へと登っていく。 鈴鹿の復讐を手伝うために。
いつからだろうか。
ひとりを望んでいた自分が彼女の傍にいることを選ぶようになったのは。

本文サンプル

【仏木天涅(ほときあまね)の祈り】

 神様の平熱って何度くらいなんだろう?
 なんとなく、ホッカイロみたいにあったかいイメージ。いやでも、優しい人は手が冷たいって言うし、神様レベルとなるとめちゃくちゃ低体温かも……それか、意外と人間とおんなじだったりして。

 あたし、仏木天涅(ほときあまね)は、そんなどうでもいいことを考えながら、目の前に静かに佇む神像を眺めていた。ちなみにここは、蓮下神社という神社の本殿で、今はあたし以外に誰もいない。もうすぐ仮初めの神さまになる予定のあたしのクラスメイトがそれを望んだからだ。
どうでもいいことでも、考え始めると気になっちゃって、あたしは念入りに周りに人の目がないことを確認して、そっと神像に手を伸ばした。

「うわあ……天涅ちゃん、大胆だね?」

 予想してなかった音に驚いて、後ろを振り返ると、そこには神さまの格好をしたあたしのクラスメイト、神尾鈴鹿がニヤニヤした顔で立っていた。あたしは自分の動揺に気づかれるのが恥ずかしくて、鈴鹿と目を合わせずに

「別に、埃ついてたから払ってあげようとしただけ」
「ふーん?」
「……なに?」
「んーん、やっぱり天涅ちゃんは最高だなぁって」
「知ってる」
「んふふ。ね、天涅ちゃん、この格好どう?似合う?」
「似合う似合う」
「もー!ちゃんと見てって!」

 鈴鹿の冷たい手があたしの頬に触れた、次の瞬間、あたしの視界はきらめきに埋め尽くされた。さらさらと音を立てる白い生地に、所々、紅色の線が引かれた装束。柳をかたどった金のかんざしと、手首に着けられたお決まりの鈍色の神像のブレスレット。それら全てが夕日の橙色と混ざり合って、輝いている。鈴鹿は光を従えながら、ふわりと一回転して綺麗に笑った。言葉を失うってこういうことを言うんだと思った。

「え、無言?ねぇ感想は?」
「……うん」
「うん?どういうこと?」
「いいと思う、うん。って意味」
「それだけ?」
「うん」
「えー!!もっとないの?綺麗だよ、とか。ドキドキしちゃった、とか。神々しすぎて直視できない!とかぁ」
「それ、ほんとにあたしに言ってほしいの?」
「……どうだろうね?」
「あたしに聞かれても」
「だよねぇ。ま、今日のところは許してあげる!天涅ちゃんだから特別だよ」
「ワァアリガトウ」
「んふふ。いつもの棒読み、いただきました」

 正直、今はこんなくだらないやり取りがありがたい。実際、衣装を身にまとった鈴鹿には、気軽に接してはいけないような雰囲気があって、油断したら飲み込まれてしまいそうだから。それじゃダメだ。あたしは今夜、神さまの鈴鹿の手を引く導き手にならなければいけないのだから。
……いつからだろうか。鈴鹿と一緒にいることを選ぶようになったのは。

      ※

 あたしが、ここ蓮下村にやってきたのは、中三になったばかりの春だった。親が離婚して、ママに引き取られたあたしは、ママの故郷である蓮下村のおばあちゃんの家を頼って引っ越してきた。
 いわゆる、出戻りってやつ。
 蓮下村は、一言でいえば水っぽい場所。いろんな所に田んぼと蓮畑があって、地面はいっつも湿っている。それに、トカゲとかミミズとか、なんかぬめぬめ動く生き物がいっぱいいて、気持ち悪い。そんでもって、村の人たちは、表ではニコニコ笑顔を振りまくくせに、いつも気づくか気づかないか絶妙なとこで、あたしやママの陰口を言ってる。自慢できそうなところなんて、ほとんどない場所。唯一気に入っていたのは、蓮下神社から見える夕日くらい。田んぼや蓮畑の水面に反射して、村のすべてに橙色が染み込む。この景色を見ると、もう少しだけ、せめて中学を卒業するくらいまでは、この村にいてあげようって気になった。
 そんな感じで、この村を90%嫌っていたあたしは、当然、村の中学生たちに気に入られなかった。転校初日から、うるさい視線攻撃に、休み時間のBGMにはひそひそと耳障りなクラスメイトの声を聞かされ、あまりにも教科書通りの歓迎にむしろ笑ってしまいそうなくらいで。ある意味一体感のある教室の中で、唯一、あたしに堂々と話しかけてきたのが鈴鹿だった。
 はじめてかけられた言葉は、よく覚えてない。あたしはこの頃、村の子たちに興味がなかったから、全てを聞いた端から忘れていたのだ。でも、鈴鹿があたしに話しかけた瞬間、今まで聞こえていたクラスメイトたちの声がふっと消えたことは、今でも覚えてる。異様な空気を感じて、見上げた先にその子はいた。
 胸のあたりで揃えられたまっすぐな黒髪に、金色の光が差しているような黒い目、背は平均くらいだったけど、何故だか実際よりも高く見えた。手首には鈍色の擦れた跡のある神像のチャームがついたブレスレットをしていて、それが、この子を一層奇妙なものにしてるように感じた。ピクリとも動かないあたしに彼女は、綺麗に笑って、

「私、神尾鈴鹿って言うの!鈴鹿って呼んで!あたしも天涅ちゃんって呼ばせてもらうから」

 その声はあたしと仲良くなると確信してるような滑らかさだった。あたしは、その流れが気に入らなくて

「下の名前で呼んでくれって頼んでないんだけど」

 思いっきり突っぱねた。
 我ながら、攻撃力の高いセリフだったと思う。静かだった教室がその上寒くなった気がした。でも鈴鹿は、あたしの攻撃も氷りついた教室の空気も感じてないかのように、目を輝かせ 
「あたし、天涅ちゃんのこと好きになっちゃいそう」
告白予告をしてきたのだった。

 それから一週間、鈴鹿はあたしに付いて回った。登校してくると、正門で出待ち。授業中にはしきりに目が合う。トイレに行くといつのまにかついてきていて、帰りは朝と同じく正門で待ち構えられる。もともと、一人で行動することが好きだったあたしは、少しずつ少しずつヒットポイントを削られていった。
 でも、鈴鹿のストーカー行為よりももっときつかったのはクラスの子の態度だった。無視されたり、足を引っかけようとしてきたり、給食をわざと少なくしたり、みみっちい嫌がらせはまだいい。気持ち悪いのは、鈴鹿に対する態度だ。クラスの子たちはみんな、何故か鈴鹿を触れれば壊れるお姫様のように扱っていた。
例えば、ある日の授業終わり。鈴鹿が何気なく

「お腹すいたなぁ」

と呟くと、教室から次々と人が消え、数分後、お菓子を手に蟻の行列のように鈴鹿の席に並んでいた。中学生が放課後でもないのにどうやってお菓子を買ってきたのだろうと思ったら、先生もグルだったらしい。
 今度は、ある日の放課後。
 鈴鹿が、クラスの子のリュックについていたカエルのマスコットキャラクターを

「かわいい!私もおそろいにしようかなぁ」

と褒めたら、次の日、クラスにつぶらな目をしたカエルが大量発生した。ただでさえジメジメした教室の中が、十倍湿った気がした。
 最早、怪しい宗教みを感じるその空気に、あたしのイライラゲージは一週間で限界を迎えた。
 そして、金曜日の放課後、当然のようにあたしを出待ちして馴れ馴れしく話しかけてくる鈴鹿に、あたしはとうとう爆発してしまった。

「あんたも、クラスの奴らも全部きもいんだけど!」

 鈴鹿はきょとんとした後、まるで初めて聞いた言葉みたいに
「きもい、きもい、かぁ」
 繰り返し自分の中に「きもい」を浸透させてるみたいだった。あたしは思い切り投げたボールを、目の前で転がされてる気分で、そのまま鈴鹿を置いて全速力で家に帰った。

 それから二日後、日曜日の夜。無心でパズルゲームをしてたあたしのもとに、エセ村人になったママがやってきた。ちなみに、エセ村人っていうのは、あたしがママに与えた不名誉な称号で、分かりやすくいうと中途半端な人って意味。
 エセ村人・ママは、ルール違反をした人を見るような目で

「神尾さんちの子をいじめたって本当?」

と聞いてきた。
 あたしはすぐに、鈴鹿教の信者が金曜日の「きもい」発言を聞いてたんだと思い当たり、

「そんなわけないじゃん。思ったこと言っただけ」

 あたしは怒る気満々のママを睨んだ。ママはそれを言い訳の目だと勘違いしたらしい。

「やっちゃったのね。もう、どうしてもっと上手くやらないの」
「別に、今まで通りテキトーに一人で過ごしてるだけだし」
「この村はおひとりさまが過ごせるような場所じゃないの。人の機嫌取ってなんぼなんだから。特に神尾さん家には」
「なんで?」
「神尾家はここら辺一帯の土地を持ってて、それを村の人に貸してるそうよ。あの家を怒らせたら最悪住むところも無くすって人多いのよ」
「え、こわっ!ウチもそうなの?」
「ウチは、おじいちゃんの土地だから違うけど」
「じゃ、いいじゃん」
「でもねぇ神尾家に気に入られるかどうかで、村の人たちも随分変わるから」
「……ママもひとり好きなんだからよくない?」
「だから、この村はおひとりさま用に出来てないのよ。ひとりは卒業!これからは社交的に生きていかなくちゃ!」

 あたしは、心の中で「エセ村人め」とママを責めた。


さてさて、気になるこの続きは、『いよなん』第2号に掲載されます!
『いよなん』第2号は、
西3・4ホール
ぬ-21
に場所をいただいています!

みなさんのご来場を、首を長くしてお待ちしております!

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