孫に知ってほしい"認知症”のこと
はじめまして。
臨床心理士のなつきと申します。
突然ですが、”認知症”と聞いて、思い浮かぶ誰かはいますか。
私は、母方の祖父のことを思い出します。
優しかったおじいちゃん。
子供のころは思いっきり甘えていたのに、だんだん大人になって、大学進学を機に顔を合わせる機会が減り、気付けばなにを話せばいいかわからなくなっていました。
会わない時間の間に、少しずつ祖父が変わっていたことに、私は気が付きませんでした。
祖母が亡くなった頃から、祖父は浮かない顔は多くなり、記憶の中の祖父の笑顔がみたい、と思っても、どうしたら祖父に笑ってもらえるのかわかりませんでした。
そのうちに、なんとも埋められない時間が辛くなり、また少し距離ができました。
そして、いつの間にか、祖父は認知症になっていました。
それからまた少し時間が経って、自分が成人する頃に“祖父と話したい”ともう一度思っても、祖父の心がどこを向いているのか、どんな思いで毎日を過ごしているのかがわからず、いつの間にか祖父は遠い人でした。
祖父を思い出すとき、いつも浮かぶのは小さく丸まった、寂し気な背中です。
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私は今、高齢者領域、特に認知症の領域で臨床心理士として勤め始めて7年目になります。
就職の際、その選択に祖父のことが念頭にあったかというと、実はそうではありません。
どちらかといえばその時の流れに乗ってゆらりぬるりと就職先を決めただけで、正直に言ってしまえば、認知症の方々とどう接すればいいのかイメージできず、少し戸惑ってさえいました。
しかしながら、現場で高齢者、多くは認知症の方と接するうちに、自分が”認知症”という括りだけで身構えていたこと、認知症になってもその人らしさが残ること、人と接することで素敵な時間が過ごせること、私たち周りの人の認識を少し変えれば、認知症の方の気持ちも、そして私たち周りの気持ちも変化が生じ、関係性が変わっていくことを、身をもって体感することの連続でした。
もっとおじいちゃんと一緒に過ごせばよかった。
たくさん、気持ちを伝えればよかった。
後悔がよぎるからと、頭の中の少し見えないところにしまっていた祖父への気持ちが何かあるたびに色濃くなり、それが、私がこの現場で働いていく上での根っこなのかもしれない、と気づき始めたのです。
認知症領域で働いてるよ、と同年代の友達に言うと、
「私のおばあちゃんもぼけてる。私のこと従妹の名前で呼ぶんだよね」
「何か言っても、すぐ忘れちゃうの。私のこともわからない。私がおじいちゃんにしてることって意味あるのかな」
等々、意外にも友達の何人かは、自分の体験や気持ちを話してくれます。
意外と、私たちのような孫世代が認知症のことを知るって、大切なことなのかもしれない、と友達の寂しそうな顔や、ひきつった笑顔をみて思うことが増えました。
はっきりとお伝え出来ます。
あなたが認知症の方を思う気持ち、かける言葉ひとつにも、ご本人にとって必ず意味があります。
なかなか私たち"孫世代”の中ではなかなか認知症についての話題は普段でません。
私も仕事の話をする時だけです。
でも、私たち孫世代が認知症について知ることは、認知症の人にとっても、そして、私たちが自分の心を救うためにも、意味があるのではないでしょうか。
私は、祖父と会えなくなってしまった。
でも、大切な人と会うことができるあなたは、大切な人とのこれからの時間を良い方向に変えていくことができます。
いつか、会えなくなってしまうその日はくるから。
その日の前に。
認知症について、少し考えてみませんか。
祖父の遺影を前にすると、今でも少し胸が締め付けられるような、じんわりした後悔が湧いてきます。
私のような後悔をする人を減らしたい。
認知症の人たちと働いた時間がある私に、伝えられることがあるんじゃないか。
そう感じ、noteを書いてみようと思いました。
あまり、難しい話はしません。
そもそも認知症とはなんなのか?
家族はどんな風に接すればいいのか?
認知症の症状はよくなるのか?
認知症のご本人も周りの家族も心穏やかに過ごすには、どうすればいいのか?
困ったとき、誰に相談すればいいのか?
など、なかなか普段の生活の中では聞きにくいことを発信していきたいと思います。
今、認知症を知ることで、今後また別の大切な人が認知症になったときにも、対応しやすい知識と経験を身に付けられる、とも思います。
少しでも、"認知症"ということで身近な人を遠ざけず、かけがえのない時間をともに過ごすお手伝いができればと思っています。
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