担任の「とある一言」で私は救われた
この前、上司からの言葉がずっと引っかかっていると書いたので、今日は逆の話を。
なかなかポジティブな話題が出せない私なので、これは結構レアケースかもしれない。
ちなみに上司の話はこちらから。
私に優しい言葉を掛けてくれたのは、高校の時の担任の先生だった。
恋愛漫画の最初みたいな言い方になってしまうのだけれど、出会いはどちらかと言えば、最悪。
良くも悪くも物事をはっきり言う性格で、やや白黒思考が強めな女性だった。
気が強い女にメンタルを削られた経験が多かった私は、意気消沈。
この人が担任は耐えられない!が第一印象だった。
それでも、毎日接するうち、最初に抱いていた印象は徐々に変わっていった。
その担任の人となりがわかってきたのだ。
掴みどころのない人だけれど、芯が物凄く強く、自分に自信があって、好きな物を人一倍大切にする。
クラスの輪を乱すような生徒には特に厳しくて、先生としてありなのか?というくらいキツく当たっていたり、時にはその生徒のことが嫌いな子たちの肩を持ったりと、そんなちょっと危ない一面も持っていた。
けれど、慣れというのは怖いもので、いつの間にか、担任の素直な「人間性」にどんどん惹かれていたのは確かだった。
いつの日か、私がその当時「いいな」と思っていた先生のことをこっそり話してみたことがあった。
別に勇気を出して言ったわけでもなく、雑談の延長線で話した内容だったのだが、担任は「え〜趣味悪いよ〜!」とまさかの一刀両断。
その先生が嫌われていたのは残念ながら事実だったので、流石の返答スピードに思わず笑ってしまった。
私の気持ちをバッサリと斬られたのにもかかわらず、傷つくどころか、私はちょっとだけ嬉しいとさえ思っていた。
結局、その「いいな」と思っていた先生は、卒業が近づくにつれて、「趣味が悪い」と言われたことを実感するようになった。
私が間違っていて、その先生が好きだった自分はおかしかったのだと今では思っている。
きっと本物を見抜く力も凄かったのだろう。
(もちろん私の見る目が残念だということも!)
見た目だけじゃなくて、中身もなんだか不思議な人だと思った出来事だった。
今思えば、担任は私がなりたかった理想像だったのかもしれない。
地に足をつけていて、いつも現実を真っ直ぐ見据えている。
強いけれど、その強さを悪い方向に使わず、当たり前のように、目の前のことを考えてくれる人。
私はその強さと優しさを、目の当たりにしたことがある。
当時、私はIBS(過敏性腸症候群)という病気に悩まされていた時期があった。
正確な診断は下っていなかったものの、症状としては〈静かな環境になるとお腹の音とおならが止まらなくなる〉という、女子としては絶望的な悩み。
高2の後半になると、さらに症状は悪化。
特に後ろに人がいると、プレッシャーで、2分に1回のペースで冷や汗をかきながら、おならを我慢する羽目になっていた。
必死に我慢すると、お腹の中でガスが逆流して、あり得ないほど大きな音が鳴り、結局注目を浴びてしまうという悪循環だった。
一日かかる模試の日などは特に大変で、ご飯を食べるとガスの勢いが増してしまうため、お昼を抜いてチャレンジすることも何度かあった。
私はその悩みを、担任との面談時に話してみたことがあった。
なぜその時、正直に言おうと思ったのかはわからない。ただ漠然と、何か担任に対して希望を抱いていたのかもしれなかった。
私は思い切って、症状を打ち明け、「テスト時に席を一番後ろにしてもらえませんか?」とお願いしてみたのだ。
すると担任は最初に
「今までよく頑張ってきたね」
と言ってくれたのだった。
発言を受けて、何気なく言った言葉かもしれない。だけど、この言葉は間違いなく私を救ってくれた。
流石に面談で泣くのはまずいと思い、必死に涙を堪えていたが、この時は冗談抜きで、一筋の光が差し込んだような気がしていた。
理解してもらえずに、希望も期待も捨てていた私が、まさか対策どころかそれを超えて労いの言葉をもらえるなんて。
初めて、今までの努力を誉めてもらえた。
初めて、頼れる大人に出会えた。
本当に、担任がこの人でよかったと思った。
もちろん、その後はすぐに対策を取ってくれ、クラスのメンバーにも訳を伝える時間を作ってくれた。
症状を説明する恥ずかしさと、くだらない内容と思われるかもしれない恐怖で、涙声になる私だったが、クラスのメンバーも誰一人笑う人はいなかった。
担任を通して、他の人間の優しさにも触れることができたのだ。
あの時の言葉と対応には、今でも感謝してもしきれない気持ちでいっぱいだ。
担任は、私たちの卒業と共に学校を去った。
連絡先もわからず、どこに行ったのかも公にしていない。
それでも、もしどこかで出会える機会があるのならば、この時の感謝を改めて伝えたいと思う。