第16話 手弱女振(たおやめぶり)
真田信綱の娘 清音の武術科への転入は、祢津家当主の常庵にして拒むものでなく、昌幸に相談すればむしろ「そうか!」と、当然そうなるだろうと読んでいたかのように喜ぶものだから、すんなり希望が叶った清音はその日より巫女修練道場の舎営に移り、さっそく道着を着せられ武道場に連れて来られて、武術科指南頭の割田志乃の面前に正座した。いわゆる面接というわけだが、道場の壁際には師範級の者たちだろうか、みな同じ道着を身に纏い、傍らには長刀や木刀や火縄銃など置いた者らが座り、中に一人着物姿の女は以前会ったことのある鷹匠の初音で、新しく武術科に加わる者の腕の程を見てやろうと固唾を飲んで見守っていた。
表情ひとつ変えない志乃は、鋭い目付きでじっと清音の瞳の奥の色を見つめ、その決意が本物なのか、厳しい修練に耐え得る者なのか、あるいは真田家の娘であることに何らかの邪心を持っていないかなどを見極めようとしており、清音は清音で、その猛烈な威圧に耐えながら、少しでも目を逸らしたら負けだと思いつつ、息をさえしないで睨み返している。
そんな緊張がどれほど続いたろうか、ようやく志乃は口を開き、
「以前、沼田で会いましたね。清音さんは真田信綱様の娘らしいですが、ここでは容赦はいたしません。今日より私はあなたの武道の師です。私はあなたを〝清音!〟と呼び捨てにしますし、弟子となった以上、あなたも師の言い付けは絶対だと思いなさい。少しでも弱音を吐いたり愚痴を言ったら、あなたには素質がないと判断し、すぐさま伊織さんの所へ帰ってもらいます。いいですか?」
と言った。
清音は「はい」と答えた。志乃は続けて、
「ときに、あなたは何ができますか? 口寄せはできるのですか?」と問う。
「いいえ。何年か智月さん達と巫女歩きをしましたが、まだできません・・・」
「何もできないでは話になりません。何か一つくらい得意な事はないのですか?」
清音は少し考えて、
「舞踊なら・・・」と恥ずかしそうに答えた。
「舞踊? 智月さんのところの彩にでも習ったか?」
「いいえ、小県にいる時に────」
「まあよい。ならば舞ってみせよ」と志乃が言う。
「今ですか?」
「厭ならやらずもよい」
「やります!」
清音はスクリと立ち上がり、まずは志乃に一礼し、続けて周りの観衆に向かって頭を下げると、立った姿勢からたおやかに首を傾げたと思えば左手をゆっくり上げ、膝を曲げ摺り足で躰を移動させながら両腕を広げ、天を持ち上げるような仕草で前後左右、そのうち右手は春の蝶の舞うが如くにヒラヒラと手の平を翻し、時に大きく膝を落とし、時に素早く大股に、舞踊にしては少し奇妙な動きで舞い出した。
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ののうの野
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