岩瀬健一
修業時代から手元に置き、作陶の師でもあり着想の源の一つでもある陶片について、それぞれの思い出と共に綴ります。
昔、多治見市内に発掘品専門の骨董屋さんがあった。加藤唐九郎さんもよく来たという、有名な店である。 やきものの材料を探しに瀬戸・多治見に行けば、必ず立ち寄ることにしていた。 40数年前、輪花状の型押しで付け高台の、径14センチほどの皿を求めた。よく見ると、型にのせる前だろうか、素地土をやわらかくするために、布か刷毛で水気を与えたと思われる跡が残っている。型からはずした後に、蓮弁様に縁を成形している。 後年、別の店で手に入れた同様の型押し・付け高台の菊形の皿の破片も、径・高台
アメリカ人の友人J氏は、たぐいまれな目利きだった。コレクションしている古美術は一本筋が通っていて、いわゆる高価な名品というより、見るとこちらがはっとさせられるものをお持ちだった。 初めて都内のご自宅にお邪魔したのは、40年程前になるだろうか――。 飾り棚にさり気なく、須恵風の小鉢の陶片が置いてある。許しを得て手に取ると、口縁部や付け高台の造りの素晴らしい陶片である。一口に付け高台と言っても、千差万別だ。これは高台の接着部分の丁寧な細工が、上品なやわらかさを醸している。 「い
置戸棚の片づけをしていたら、懐かしい常滑の陶片が出てきた。 50年ほど昔、常滑の陶芸研究所に穴窯の見学に行った時のこと――。 帰路、以前から見てみたいと思っていた平安時代の窯跡を訪ねようと、陶器全集などを読んで見当をつけた辺りをうろうろしていると、畑で農作業をしている老人を見つけた。 おそるおそる「この辺りに平安の窯跡はないですか?」と尋ねると、一瞬間をおいて私を一瞥したその老人は、「鎌倉初期の窯ならこの先にあるよ」と言われた。道順を聞き、礼を言って立ち去ろうとすると、「ここ
陶片とは?陶芸の道に入り古陶磁を勉強していると、美術館などで名品をガラス越しに見るだけではなく、手に取りたくなるし、できることなら所有して身近に置いてみたくなるものである。 そんな時、作られた時代は完器の名品と変わりないものの、安価で手に入る陶片はとてもありがたい。その上、釉薬、土、細工など、勉強になることがたくさんある。さらに、産地の窯名がわかれば陶磁史の上でも資料となる。作り手にとって陶片は、作陶の師でもあり、着想の源の一つでもあるといえるだろう。 陶片から見えることこ
私は美術好きの少年時代に抱いた陶芸への漠然とした憧れがふくらみ、大学中退後に、後に人間国宝となる茨城県笠間市の松井康成先生に弟子入りし、陶芸の道を歩み始めました。 その後、東京都多摩市の辻清明先生に弟子入りし、1972年に八王子市に独立して窯を築き、作家活動を開始しました。 以来、日本・東洋の古陶磁に学び、あるいは近現代作家の作品に啓発されながら、磁器ー白磁、柿磁、黒磁、陶器―粉引、灰釉、焼締など多様な表現により、現代に生きる私独自の造形を志して作陶しております。 土は主