夫婦喧嘩はやがて山びこのように

■(ああ、またやってしまった。つまらないことで怒ってしまった。どうしよう、こうなると長いんだよなあ。)

◇(もう腹立つわあ、なんなのよ、あいつ、また急に怒り出して。私のことなんだと思ってんのよ。)

■(ついイライラして、別に怒るようなことでもなかったな。会社でいろいろあって気がたってたんだよなあ、ほとんどやつあたりっだな。)

◇(私、別に怒るようなことしてないじゃないのよ。どうせ会社でなんかあったんでしょ、私にやつあたりしないでよ、ほんとむかつくわね。)

■(とは言っても、いまさら普通にできないし、おやすみも言わないで寝室に来てしまった。あいつなかなか寝室来ないなあ。リビングで寝るのかなあ。)

◇(おやすみも言わないで行っちゃったわよ。なんなのよあの態度。もうリビングで寝よ。あいつと同じ部屋で寝たくないわ。)

■(もう何回同じことやってんだろな、怒らない怒らないって心では思ってんだけど、たまにやっちゃうんだよな、親父と同じことやってるな。)

◇(最近ずっと優しいと思ったら、またこれよ。あの親ゆずりの性格ね。ああ、なんであいつのこんな性格にいちいち翻弄されなきゃきけないのよ。いやんなっちゃうわよ。)

■(リビング行って謝ろうかな。でも、また「何に対してごめんて言ってるのよ」とか言われるのかな。謝ってんだから素直に「いいよ、こっちもごめんね」ぐらい言ってくれればいいのに。あいつは俺の上司かよ。)

◇(いつもみたいに謝りに来なさいよ。簡単に許さないけど。いつも全然反省してないのがまるわかりなのよ。下向いてふてくされながら「ごめん」て。あんなんなら謝っていらないわよ。)

■(ああ、15年前はこんなんじゃなかったな。結婚した頃は、まあ俺もあんまり怒んなかったけど、たまに喧嘩してもすぐ仲直りしてたよな。「こっちもごめん」て言ってたもんな。あっちから謝ってたこともあったし。)

◇(結婚したての頃が懐かしいわ。たまに喧嘩しても甘えて仲直りしてたわね。「いいよ、ごめんね」とか同じ屋根の下で言い合うのが新鮮だった。いやいや、もう結婚当初とは違うのよ。謝ったって問いただしてやるわよ。)

■(あの頃が懐かしいなあ。いつからこんな感じになっちゃったのかなあ。でも俺はあいつのことずっと大事なんだけどな。若い時みたいなべったりする好きじゃないけど、ずっと好きなんだよなあ。)

◇(あの頃と比べたら、ずいぶんおじさんになったわねあいつ。腹もでてきて。まあ私もおばさんになったんだろうけど。あいつのどこが良くて結婚したんだろ。まあ、あの頃は一緒にいるだけで幸せだったなあ。)

■(この15年、いろいろあったな、毎年同じことの繰り返しのようで、いろいろあったよな。その分、あいつの見たことないとこいっぱい見てきて、今思えば、あいつのへこたれないというか、あの性格に支えられてきてんだな。俺は弱いやつだからな。)

◇(まあ、だからって今がそれほど嫌って訳じゃないのよ。あいつ基本的にやさしいし、家事も手伝ってくれるし。私のこと考えてないようで気にかけてるのは、昔といっしょね。器用な人じゃないけど、気にしてくれてるもんね。だから腹立つけど感謝はしてるのよ。)

■(ああ、リビング行って謝ろうかな。許してくれるかな。ああ、どうしようかな。)

◇(ううん、もう寝室行こう。きっと寝てるわよね。いや、やっぱりここで寝よう。ううん、どうしよう。)

■(ああ、あいつが寝室来てくんないかな。でも、そしたらびびって寝たふりしてしまいそうだな。)

◇(もう、あいつこっちに飲み物とりに来ないかしら。そしたら、おやすみぐらい言えるかも。いや、別に許さないけど。)

■(なあ、もう来てくれよ。たのむよ。)

◇(ねえ、来てよ。おねがい。)

■(なあ)

◇(ねえ)

■(おおおい)

◇(おおおい)

■(……)

◇(……)

■(もう明日にしよう。明日朝「おはよう」ていって謝ろう。寝付く前に少し練習しておこうかな。)

◇(もういいわ。今日はここで寝よう。明日も簡単に許さないけど。まあ、腹の虫しだいね。)

■(おやすみ、ごねんね。)

◇(おやすみ、明日も仕事がんばって。)

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