自治体「ブランドブック」の作り方と使い方

 ブランドとは、接点のある地域(一般的には、企業や組織)に対する記憶+体験+知覚に、さらに連想が加わったものと前回定義してみました。ただし、それは市民側から観た場合の定義であって、ブランディングを進める側(行政もそのひとり)からの視点では、こんな定義をしてもいいと思います。

他地域との峻別に基づく、地域あるいは場所を表す表象と意味の組み合わせ

 つまり、ロゴマークやブランドメッセージ(表象)とその背後にある意味の組み合わせがブランドであるということです。地域や場所の場合は、意味というとわかりにくいですが、歴史や風土、景観や人々の営み、産業や産物と表現してもいいかもしれません(図参照)。

 前々回の記事では「ブランド戦略とは、ロゴやブランドメッセージを作ることではない」と、あえていってみましたが、ロゴづくり、ブランドメッセージづくりが目的化することなく、きちんと活用されていくならば、もちろん、そういった方法を否定するものではありません。

 地方自治体でも、ブランド、ブランディングという考え方が浸透しつつあり、「ブランドブック」を制作する自治体も数多くみられます。ブランドを重視する民間企業でもブランドブックは作られますが、企業の場合は、広報や宣伝活動の標準化、またブランドが持つ思想の社員への浸透など、実務的な色彩がより強いものとなっています。

 ブランドブックには、大別するとおよそふたつの機能があります。

 ひとつは、ブランドが持つ哲学や思想を規定すること。コンセプトといい換えてもいいでしょう。もうひとつは、ロゴマークやブランドメッセージなどの表象の使い方に関することです。ロゴやメッセージの表象部分の使い方については、「コミュニケーションガイドライン」として分離する場合もあります。これらの作業は、民間企業では「ブランドマネジメント」という業務として総称しています。ある程度の規模の企業であれば、ブランドマネジメント部(課)として独立している場合もあります。

 企業がブランドブックを作る場合は、自社のことですから、ある意味自由に作ればいいわけですが、行政が自分の街のブランドを規定する場合はそうはいきません。街のブランドとは、市民、行政、ステークホルダーが、互いに関係しあいながら形成されるものだからです。単なる書類としてのブランドブックならば、行政だけでも作成できますが、その内容について、三者のそれなりの納得感がなければ、おそらくはその後も活用されなくなってしまうでしょう。

 ブランド定義については、以前説明したように、Value(自己定義)、Vision(目標定義)、Mission(使命定義)という枠組みで規定していくのもいいと思います。

 あるいは、ブランドメッセージというひとつの文章に集約していく方法もわかりやすいかもしれません。あるいは、その両方を行うのもアリでしょう。

 いずれにしても、コンセプト(哲学、思想)の導出には、ふたつの作業が伴います。和田充夫らによると、「地域資産の棚卸」と「社会文化文脈への洞察」が必要だとされています(1)。

 「地域資産の棚卸」とは、その地域の歴史、食、経済、自然、コミュニティなどの情報をベースとして、そこから連想される事柄も併せて言語化し、その関連性をひも解いていく作業として紹介されています。簡単にいうと、地元資産の「キーワード出し」のような作業です。

 また「社会文化文脈への洞察」とは、学識者の視点や生活者の行動から得られるヒントであるとされています。このふたつの作業によって、街のコンセプト開発を行う手法が紹介されています(同書)。

 一方のロゴマークやブランドメッセージなどの使用方法に関する規定づくりは、どちらかというと実務的なものです。ロゴマークそのもののデザインや色彩(印刷用、ウェブサイト用)、ロゴマークを使用する場合の余白の取り方、適切な背景色、ブランドメッセージを使用する場合のフォントの種類や文字の大きさ、ロゴマークとの組み合わせ方法等を決めていきます。「こんな使い方はダメ」という禁止事項を表現する方法も有効です。

 また、ブランドに即した写真の撮り方、パンフレットなどの文章の書き方なども規定していければベターです。ただし、このあたりの作業は、予算や労力が許されるならば、クリエイティブディレクターやブランドコンサルタントなどの専門家の力を借りることをお勧めします。行政職員だけでは詰め切れない要素も多いと思います。

 このような作業を経て作成したブランドブックは、ふたつの用途があります。

 ひとつは、市民やステークホルダーに対して、その地域のブランドとはこのようなものである(はずだ)という考え方を共有するためのものとして。もうひとつは、行政内部での意思統一とロゴやメッセージ使用のガイドラインツールとして。ただ、なんとなく作成するのではなく、このふたつの用途をきちんと認識して作成することが肝要です。

 また、ブランドブックを完成したところで満足してしまってはいけません。行政内部への浸透を図るとともに、市民やステークホルダーにも理解していただくことに努めなければなりません。ウェブサイトでも公開し、ダウンロード数や閲覧数をKPIとして、きちんとトラッキングしていくことも必要です。

 ここでは、詳しくは書ききれないので、ご質問あればご連絡ください。可能な範囲でお答えします。


(1)「地域ブランドマネジメント」電通 abic project 編(有斐閣、2009)

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