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線でマンガを読む『西村ツチカ×岩明均』
変幻自在。西村ツチカにはこの言葉がふさわしい。物語によって、大胆にタッチを変える作家である。Gペン、ないし丸ペンを多用するが、同じペンでもまったく異なる雰囲気を演出する、高い表現力の持ち主だ。以下の4つの絵は、どれも西村の最新短編集『アイスバーン』に収められている作品から引用したものだ。ひとりの作家がこれだけ自由に絵柄を変えられる、ということに驚いてしまう。
(『アイスバーン』西村ツチカ 2017)
アメコミのようなタッチから、少女マンガ的な繊細さまで、器用に操る西村だが、特徴的なのは陰影の表現。細かい線を重ねて独特の風合いを出す手法「カナアミ」は、影響を受けたと語る、トーベ・ヤンソンから継承したものだろう。
(ムーミン公式サイト http://moomin.co.jp/tove)
今までは一話完結の短編やイラストを中心に活躍してきた西村だが、最近、ビッグコミック増刊号にて『北極百貨店のコンシェルジュさん』という連作短編を描きはじめた。
(『北極百貨店のコンシェルジュさん』西村ツチカ 2017~)
様々な動物たちを顧客とする「北極百貨店」の新人コンシェルジュ、秋乃。彼女がお客さんとの触れ合いを通じて成長してゆく姿が描かれる物語だ。ここでも西村の柔軟な画力がいかんなく発揮されている。ぜひ注目してほしいマンガである。
(『北極百貨店のコンシェルジュさん』西村ツチカ 2017~)
さて、ここで、西村の自在さの対極にいると思われるマンガ家をひとり、挙げておきたい。傑作『寄生獣』の作者、岩明均である。彼が目下「アフタヌーン」にて『ヒストリエ』という歴史マンガを連載していることをご存じの方も多いかと思う。舞台は古代ギリシア。マケドニアのアレクサンドロス大王に仕えた才気あふれる書記官、エウメネスの波乱の生涯を描く物語だ。
(『ヒストリエ』岩明均 2003~)
岩明の線は、マンガの線として至ってベーシックなものだ。もちろん下手ではないが、特記すべきほどのものはない。さらにコマ割りにもアクロバティックな要素は何もない。この基本姿勢をデビューしてからずっと貫いている。仮に1枚のイラストを描くとなると、さきほど紹介した西村のほうが圧倒的に画力やセンスは上だ。しかし、マンガというフィールドにおいては、一概に岩明の絵が西村に劣っているとは言えない。
『寄生獣』や『ヒストリエ』、あるいはその他の作品を通じて、岩明の真骨頂は、重厚で、かつ機転の利いたストーリーテリングにある。『ヒストリエ』もまた、一時は奴隷の身であったエウメネスが、機知を働かせて難局を乗り切り、しだいに大きな歴史の流れに関与してゆく骨太な物語。そこには斬新な表現も、先鋭的な描写も必要ないのでは、と思わせられる。その濃い「語り」には、オーソドックスでリーダビリティの高い「普通の線、普通のコマ割り」がよく似合っている。まるで碩学の歴史家によって淡々と紡がれる言葉のような風格がある。
(『ヒストリエ』岩明均 2003~)
変幻自在の西村と、どこまでも悠揚たる岩明なのであった。ただ、最近の岩明はとにかく遅筆で、『ヒストリエ』は2年に1度くらいしか単行本が出ない。新刊が出るころには、それまでのあらすじをぼんやりとしか思い出せなくなっている。この点については岩明に苦言を呈したい。楽しみにしているんだから。
write by 鰯崎 友
※本コラム中の図版は著作権法第三十二条第一項によって認められた範囲での引用である。
(『アイスバーン』西村ツチカ 小学館 ビッグコミックススペシャル 2017)
(『北極百貨店のコンシェルジュさん』西村ツチカ 小学館 ビッグコミックススペシャル 2017~)
(『ヒストリエ』岩明均 講談社 アフタヌーンコミックス 2003~)
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